恋桜~さくら【改稿版】

第一章・桜の出会い/3

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「おまえ、この村の子どもか?」
 男性はわたしを見上げたまま口を開く。
 身体中に重く響く、とても綺麗な声。……けれど、声に感動する前にわたしの眉は寄った。
 ……なに? この、ぶっきらぼうな話しかたは……
「そうだけど……。あの、お兄さんは、違うよね?」
 どう見ても成人の男性だから、本当ならば『そちら様』とか『貴方』とかの呼びかたが良いのだろう。
 しかしわたしは、村の子どもたちが家族ではなくても年上の男性を『お兄ちゃん』と呼んでいることを思いだし、それを真似た。

「当たり前だ。こんな鄙(ひな)びた村の人間に見えるか」

 あ……、なんだか、凄くイヤな言いかた……
 男性は冷たげな表情を作り、綺麗だと感動した気持ちはどんどん萎える。
「なにしに来たの? 観光?」
「こんな村に、呑気に観光でくるほど暇じゃない。タクシーの運転手に桜が満開だと言われて、……ちょっと見ようかと、降りただけだ……」
 ――こんな村? そんな言いかたしなくてもいいでしょう。それに、桜が見たくてタクシーを降りたなら、充分に“観光”じゃないの。
 本当に感じの良くない人だ。
 けれど、間違いなく村の人間ではない彼に、わたしはある予感を感じていた。
 立ち姿や雰囲気から、品格を感じさせる男性。なんとなくぶっきらぼうで印象は良くないけれど、育ちの良い人なのだということは分かる。
 それと重なるのは、今日、例の御曹司がわたしに会いにくるという事実。
 もしかしてこの人は……

「俺は仕事で来たんだ。仕事でもなければ、こんな鄙びた場所にはこない」
 鄙びた鄙びたって、繰り返さなくてもいいでしょう。
 ……確かに、鄙びてはいるけれど……
「もしかしてお兄さん、この村を買うっていう会社の人なの?」
「そうだ」
 答えはすぐに返ってくる。それとともに、わたしの胸はどくんっと大きく高鳴った。
 本当にこの人……と、思いかかるが、社員が視察に来ただけかもしれない。子息当人だとは限らない。
 わたしはゴクリと桜の香りがする空気を呑み込み、一番聞きたいことを口にした。
「その会社の人が、ここの地主様のお嬢さんをお嫁さんにするって聞いたの。もしかして、お兄さんがそうなの?」
「……まぁ、そうだな」

 どきん……

 また、大きく胸が高鳴った。

 やっぱりこの人が、例の御曹司
 わたしを、村と一緒に買う人?

 ひらりひらり……。桜の花びらが彼の上に舞う。
 その綺麗な顔の上に振りかかりそうになった花びらを、彼は一度下を向いて払い、そして再びわたしを仰いだ。
 今の花びらは、わたしが散らしたもの。
 男性の正体を知った衝撃で震えた身体が、周囲の花を揺らしてしまった。
 ――心が、動揺する。
 胸が痛いくらい、鼓動が脈打つ。
 この人が、わたしの結婚相手なの?
 この、ぶっきらぼうで、冷たい人が?

 冷徹ともとれる彼の態度に、わたしの心は落胆を隠せない。
 そのせいか言葉が出ない。黙っていると、彼はまたもやぶっきらぼうに問いかけてきた。
「おまえ、地主の娘を知っているのか?」
 わたしは震えそうになる声を抑えて、彼の問いに答える。
「さ……さくらお嬢さんでしょう……? 知ってるわ、もちろん……。村の子どもは、みんな……お嬢さんと友だちだから……」
「――さくら? ああ、そんな名だったか」

 ……って! もしかして、名前も満足に覚えてくれていなかったの!? 

「確か、十八歳だったな。どんな娘だ?」
「……可哀想な人。いつも家の中にいて、高校へ行くときくらいしか外へは出してもらえない。……大切にされすぎて、籠の鳥みたいな人。いつも綺麗な着物を着て、笑って座ってる、お人形さんみたいな人だよ」
 自分を可哀想だなんて思ったことはない。でもわたしは、わざと自分を悲愴感たっぷりに語った。
 可哀想な娘の存在を聞いて、もしかしたら彼が同情してくれたり同調してくれたり、少しは優しげなところを見せてくれるのではないか。そんな期待をしてしまった。
 けれど……

「おとなしいのか。そのほうが仕事の邪魔にならなくていいな」
 かすかな期待は凍りつく。
 なに? この反応。
「大地主の娘だ。育ちは良いんだし、ひととおりの作法は心得ているだろう。いくら田舎者でも一般常識程度の知識はあるだろうし。あとは、邸の人間や俺の邪魔にだけならなければ完璧だ」
 同情の“ど”の字もない。邪魔にならなければいい、ってなんだろう。結婚って、そんな気持ちでするものではないでしょう。
 結婚は、男女が愛し合って、それでするものよね? もちろん、今回の場合は特殊だから、そんな想いのようなものはまだないのかもしれないけれど。
 でも、こんな言いかたしなくても。

 こんな酷いことを考えられるなんて。
 この人、いったいどういう人なの……?

「仕事のついでだが、その娘に会うためにここまで来た。こんな所で降ろされてどうも気分が悪い。娘の様子はおまえに聞いたし、わざわざ今会わなくても充分だ」
 話を聞いただけで充分?
 妻になる娘に、会わなくても平気?
「持ってきた仕事もあるし、俺はホテルに戻る。おまえ、村に戻ったら地主の所へ行って、今日はやめにしたと伝えておいてくれ」
 他人をいきなり“おまえ”扱いしたうえ、使いっ走りにまでしようとする。
 悲しいやら腹が立つやら。
 思わず感情的になったわたしは、負けじと大きく出た。
「ヤダよ!」
 彼が驚いたように目を見開く。いきなり強気で出られたせいもあるだろうが、直後、わたしが木の上から飛び下りたせいもあるだろう。
「あぶなっ……!!」
 わたしを受けとめようとしたのか、反射的に彼の腕が伸ばされる。しかしわたしが着地できる体勢になっていると気づいて、薄情にもその腕はもとに戻された。
 借りた靴のサイズが合っていないせいかヨロけてしまったけれど、わたしは上手く着地をして彼の前に詰め寄る。
「お断りよ! 電話なんか自分でかけたらいい!」
「これだから、田舎者は! 樹から飛び飛び下りるなんて、女がすることじゃないだろう!」
「あたし、木登りは得意なの! こんなことお嬢さんだってできる!」
 怪我をすることもなく上手く着地したのだから、『木登り上手いな』くらいは声をかけてくれても良いのに。
 でもそんなのは甘い考えだった。激しく眉を寄せた彼の口から出たのは、さらなる暴言。
 田舎者で悪かったわねっ! 確かに貴方は全体的な見た目も良くて美丈夫な男性なのかもしれないけれど、さっきから、村や“さくら”を馬鹿にしすぎよ!

「お兄さん! あたしのこと、匿(かくま)って!」
 わたしがそう言うと、彼は言葉を失った。
「あたし、決めた! お兄さんなら村の人じゃないし、関係のない人だし、身元もちゃんとした人だから、上手く匿ってもらえそう!」
「ちょっ、ちょっと待て! 勝手に決めるな!」
 思いつくままペラペラと話すわたしを、彼は両手を立てて制する。村の子どもを相手に、眉を寄せて悪態をついている場合ではないと気づいたのだろう。
「“匿う”だと?! いきなりおかしなことを言うな! なんなんだ、それは!」
「――だって、あたし、売られるんだもん!」
 彼の言葉に勢いをつけて言い返してから、わたしはひとつ息をつく。そして、落ち着いた口調で説明を始めた。
「村が借金だらけなら、観光関係の仕事をしていたあたしの家も借金だらけ……。あたし、ずっと遠くにある大きなお屋敷で働くことになったの。何年くらいか分からないけど。だから、学校もやめた……」
「おまえはまだ働くような歳じゃないだろう? なのに働きに出るのか?」
 彼はちょっと驚いたようだ。怒鳴り返した勢いが消えている。
「父さんも母さんも、勝手に決めちゃった。だからあたし、家出してきた……」
「家出?」
「……っていっても、一日で帰るよ。なんだかんだいっても、あたしがいないと、父さんも母さんも弟たちも困るし。家出は、ちょっとした反抗のつもり。ちょっとだけ、困らせてやりたいな、って……」
 即興の作り話ではあるけれど、本当のところもある。
 借金のせいで買われるのも、両親を困らせたくて家を出てきちゃったのも、すぐ帰るつもりでいることも、全部本当だ。
 話を進めてからふと彼の顔を見ると、よほど驚いたのかとても神妙な顔をしている。わたしはドキッとすると同時に、少し罪悪感にとらわれた。
 ちょっと、作りすぎたかしら。
「小さな村だから、家出したってウロウロしてれば見つかるし、だから、お兄さんに匿ってもらえば見つからないかな、って」

 この人を知りたい。
 ――そう思った。
 ぶっきらぼうで冷たくても、この人はわたしの“夫”になる人だ。
 彼はわたしを、邪魔にならないくらいの存在、程度にしか思ってくれていない。それならわたしだって、“邪魔にならないために”どんなふうにこの人と接したらいいのか知る必要がある。
 一緒にいるようになったって、きっとこの人はわたしを邪魔にするのだろう。あまり接することはないのかもしれない。
 仮にも結婚相手なのに。相手を満足に知れないなんて、あまりにも寂しい。
 少し一緒にいて、この人のことを知りたい。この人が、どういう人なのか。
 わたしの想いと目的は、ただそれだけだった。

 けれど、お互い初対面だ。彼の感じからして『そんな面倒なことができるか』と一笑にふされてしまいそう。
 そう思った矢先、彼は静かな声で応えてくれた。
「一日だけだぞ……」
 了解してくれたことに驚きながらも、わたしはなんとなく嬉しい。
 笑顔でぺこりと頭を下げ、村の子どもたちを真似た口調で自己紹介をした。
「あたし、サキ。一日よろしくね! お兄さんは?」
 “サキ”というのは、小さな頃のニックネーム。
 幼い頃、まだ元気だった曾祖父と曾祖母が『さくら』と上手く発音ができず、『サキ』とわたしを呼んでいたのだ。

 年下が先に自己紹介をしたのだ。大人の彼がしないわけにはいかない。
 彼が一瞬口角を和ませたような気がして、私は目を瞠りかける。しかしすぐ思い直したように無表情になり、深みのある、綺麗な声で名乗った。

「葉山一(はやまはじめ)だ」

 冷たいけれど、綺麗な表情。
 その表情から、わたしは目を離せないまま……。

「葉山さん、だね?」

 瞳に映る、葉山一さんのうしろに、満開の桜。
 一面の、薄桃色。

 その光景が、目に焼きつく。

 わたしと葉山さんの周りを、桜の花びらが、雨のように舞い落ちる。
 ――はらはらと……

 まるで心の中に、なにかの想いを、降らせるように……



【続きます】






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