恋桜~さくら【改稿版】

第二章・すれ違う心/1

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 桜トンネルから、葉山さんは携帯電話でタクシーを手配した。
 瞬間的にハッとしたのは、村のタクシー会社から手配した車がくると、間違いなくわたしの正体がばれてしまうということ。
 青くなるわたしに、彼は何食わぬ顔で言った。
「安心しろ。タクシーの手配は俺が泊まるホテルのほうからしてもらった。賓客対応の車が迎えにくる。この村の人間の顔なんか分からないだろう」
「あ、ありがとうございます……」
 言わなくても、その辺りのことは気を使って考えてくれたらしい。

 ぶっきらぼうな人というイメージしかなかったけれど、もしかしたら意外と気のつく人なのかしら。
「匿う、なんて面倒なことでも、引き受けたからには最善を尽くして考える。仕事なら、それが普通だ」
「はあ……、そうですか……。恐縮です……」

 なんとなく声が乾く。せっかく気のつく人かと良い印象を持ちかけたのに、面倒とか仕事ならとか言われてしまっては台無しだ。
 さっきから葉山さんはひとこと多い。正直といえば聞こえはいいのかもしれないけれど。
 ほんとに……愛想がない……

 はあっと、小さく溜息をつく。
 葉山さんを知りたい。感情的な思いつきから、咄嗟に出てしまった嘘でこんなことになってしまったけれど、この数分間で彼という人が分かりすぎてしまったような気もする。

 なんとなく重い気分になるわたしの目に、舞う桜の花びらが映りこむ。
 ひらり……。ふわり……。その柔らかさが心地良い。

 桜に癒されて口元がほころぶ。
 そのとき、かすかにこの場にはそぐわない香りが漂ってきた。
 独特な刺激臭。そのにおいの正体に気づき、わたしはハッと葉山さんを見上げる。

 思ったとおり。彼は煙草を咥えていた。

「駄目っ!!」
 まだ火は点けられていない。私は慌てて葉山さんの腕を引っ張り、煙草に手を伸ばす。
 いきなりなんだと言わんばかりに彼の顔がこちらを向く。そのおかげで煙草を取りあげることができた。

「さ、桜のそばで煙草なんか吸わないで! 桜が可哀想でしょう!」
「可哀想……?」
 葉山さんは目をぱちくりさせたあと、呆れたように嘆息する。
「ここの桜はあれか? 煙草の煙をかけられると咳きこむのか?」
「そうじゃないけど……」
 彼の嫌みに一瞬ひるむ。確かに、ここには煙草を吸っちゃいけないという決まりはない。
 吸う吸わないは自由だ。

 それでも、この桜トンネルを煙草の煙で曇らせたくないという我儘な気持ちが、わたしの中にあった。

 わたしが言葉を出せないままでいると、葉山さんはさっきよりも大きな溜息をつき、わたしの手から煙草を取る。手に持っていたライターとともにそれをスーツのポケットに入れ、腕を組んだ。

 どうらや、煙草を吸うのは諦めてくれたようだ……

 止めておいてなんだけど、言うことを聞いてくれるとは思わなかった。
 吸うのをやめてくれたとしても、たっぷり嫌みを言われるだろうと思っていたのだ。

「さくらという娘も……、同じことを言うのかな……」
「え?」
 葉山さんの呟きに反応して、私は顔を上げる。彼は腕を組んだまま、桜トンネルの向こうを見つめていた。

 少しだけ……“さくら”を気にかけてくれたんだろうか……

「……きっと、言いますよ……」
 少しだけくすぐったい気持になったわたしは、そう小声で呟き、葉山さんと同じ方向に視線を向けた。
「葉山さん……、煙草吸うんですね……」
「ときどきだ。イラついたときや落ち着かないときに手が伸びる」

 ……と、いうことは、今はイラついているということなんだろうか……

「製薬会社の人だし、煙草とかは吸わないと思っていました。健康第一で」
「凄い勝手な思い込みだな。うちの役員は生活習慣病が多いぞ」
「いいことじゃないですよー」
「そうだな」

 かすかに葉山さんが笑ったような気がする。
 気がする……、だけだけど、そう思うだけで随分と場がなごむ。
 彼もそう思ってくれたのだろうか。組んでいた腕を解き、ふうっと肩の力を抜いた。

 そうしているうちに、タクシーが道の向こうに見えてきた。
 最初にわたしが乗せられ、葉山さんがあとから乗り込む。
 ちょっと緊張をしていたので彼がなんて言ったのかはっきりとしないけれど、行き先を告げられたタクシーは桜トンネルを村とは逆方向に走りだした。

 葉山さんはホテルに帰ると言っていたので、きっとタクシーは宿泊先へ向かっているのだろう。
 この辺りでホテルといえば、やっぱり数件建つリゾートホテルのうちのどこかだろうか。
 そう考えるとちょっと複雑だ。村を廃村に追い込む原因になったホテルに、わたしが行こうとしているなんて。
 行き先はリゾートホテルなのかと葉山さんに聞きたくて、わたしは横に座る彼に顔を向ける。しかし開きかかっていた口は半開きで固まった。

 ……葉山さんは、無表情で真正面を向いている。
 腕を組んで、微動だにしない。
 ――話しかけるな……。まるでそう言われているような気がして、わたしはこっそり顔をそらした。
 葉山さんの迫力に押されているのか、タクシーの運転手さんも無言だ。……なんか、気まずい……

 タクシーは、静まり返ったまま三十分ほど走る。リゾートホテルが建ち並ぶ界隈に入るが、到着した場所はホテルでもなんでもなく、洋風の綺麗なお店の前だった。

「ついてこい」
 あ、やっと喋りましたね? そう嫌味のひとつも言ってしまいたいくらいだ。
 苦笑いが浮かびそうになるのを堪え、スタスタ歩いていく葉山さんについて店に入る。店内には、とてもかわいらしいお洋服がたくさん並んでいた。生まれてこのかた、屋敷へ来る外商が持ってきたお洋服しか選んだことのないわたしにとっては、初めて目にする光景だ。
 葉山さんがぐるりと周囲を見回す。すると、若い女性の店員さんがすぐに近寄ってきた。 
「これと、あれと、……あと、それだ」
 いきなり彼は四方向を指で指示する。寄ってきた店員さんはすぐさまその方向へ飛んでいき、商品を手に取った。あれ、とか、それ、しか言っていないのに、ちゃんと指示した物が分かるのは凄い。こういうのを“プロ”というのだろうか。
「こちらでよろしいですか?」
 ハッキリとしない指示でも相手はお客。店員さんは手に取ってきたものを確認してもらおうと、にこやかな笑顔で差し出す。
 綺麗にお化粧をした若い女性の店員さんだ。その手に携えているのは、淡いピンク色のワンピース。そして白い靴とソックス。
 洋服類を確認して、葉山さんは横に立つわたしを見おろした。
「サキ、脱げ」

 ぬっ…………

 ぬげぇっっ?!

「ぬっ、ぬっ……」
 わけが分からず、突然の言葉に一歩引いてしまった。
 ひとことの説明もなく、『脱げ』ってっ。なんなの、いったい!
 言葉というものは伝えるためにある。伝えてもらえれば安心するし、伝えてもらえなければ不安になる。だから、なにを考えているか伝えて欲しい。
 でもこの人は、ちょっと……いや、だいぶ言葉が足りないわ!!

「馬鹿か。なにかわけの分からないことを考えているな? その恰好のまま、宿泊先のホテルへ連れて行けないだろう」
 “脱げ”のひとことに驚いているわたしに、葉山さんは相変わらず口の悪い説明を続ける。
「こんな薄汚い女を拾ってきて、いったいなにをするつもりだと思われてもイヤだ。その服はここで脱いでいけ。それに着替えろ」
 そう言いながら、彼は店員さんに目で合図をする。「こちらへどうぞ」と促され、わたしは店の奥にある個室へと連れていかれた。

 こんな普段着では、宿泊先のホテルへ連れて行けないから。――その程度の説明でいいのではないだろうか。
 『薄汚い』とか……。あんな言いかたをしなくても……
 葉山さんの態度にイライラして不機嫌に唇を曲げていたせいか、店員さんが気を使って話しかけてきた。
「きっと似合いますよ。お兄様ですか? とても素敵なワンピースをお選びくださいましたね」
 案内された個室には、壁に大きな鏡がかかっている。その前に立たされ、私は改めて葉山さんが体裁を繕うために選んだワンピースを眺めた。
 淡いピンクのワンピース。
 その色は、桜みたいでとても綺麗。
 開襟型の襟元に大きな白いレースのリボン。ウエストの後ろでも同布のリボンを結ぶようになっていて、ふんわりとしたフレアースカートは揺れるたびに素敵なドレープを作る。
「かわいい……」
 思わず口から出た正直な感想とともに、笑みが漏れる。わたしだってかわいいものは好き。清楚というよりかわいらしさに重点を置いたタイプのワンピースなんて、初めて着る。
 身に着けたらどんなわたしになるのだろう。
 ちょっとした期待感に、心が躍った。
 目の前に白い靴が置かれる。足の甲をストラップで留めるようになっていて、留め具にはリボンの形をした飾りが付いていた。

 店員さんは着替えを手伝ってくれたうえ、ひとつにまとめていた髪をほどいて整えてくれた。毛先を軽く巻いてスプレーで固める。こんな髪型をしたのは初めて。
 家にある外国製の豪奢な人形がこんな髪型をしていたことを思いだし、なぜだか少し照れくさくなった。
 サイズを教えていないにもかかわらず、ワンピースも靴も、わたしの身体にピッタリ。
 葉山さんは、見た感じの直感ですべて指定したのだろうか。そんなにじろじろ見られていた覚えもないのに、凄い観察眼だ。

 そのままわたしは店員さんに促され、葉山さんが待っている店内へと戻る。
 女性用の洋服や小物を置いている店なので、葉山さんは特に店内を見て歩くようなこともせず、黙って窓から外の風景を眺めていた。
「お待たせいたしました。とてもかわいらしくなりましたよ」
 店員さんがそう声をかけると、葉山さんはなんとなく面倒くさそうに振り向く。けれどその目は、わたしに向けられた瞬間、見開かれた。

 な、なに?
 似合わない? 葉山さんがそんなに驚くくらい、変?
 わたしは彼の反応に焦る。
 かわいらしいワンピースにお洒落な靴。お人形のように飾ってはもらったけれど、初めてするそんな恰好は、彼のような人から見ると馴染んでいなくて失笑を買うレベルだったのだろうか。
 心臓が不安げに鼓動を大きくする。そんなわたしの耳に、穏やかな風のような声が吹きかかった。

「なかなか似合うな」
 ――え?
 やっぱり田舎者には似合わない。それくらいの暴言が飛んでくるかと覚悟しかかったのに、葉山さんはわたしを見て、賛辞を口にした。
 それも、口元をほころばせて……
 ――笑ってる?
 わたしを見て、笑ってくれているの? 似合うって? 
 そう考えると、なんとなく嬉しくなってくる。褒めてもらったお礼を言おうと口を開きかけたとき、言葉の続きが葉山さんの口から飛び出した。
「おまえは色も白いし、村娘にしては顔の作りも良い。ちょっとガキくさい顔はしてるが、なかなか身体つきも良いようだ。そのワンピース辺りが似合うだろうと感じた俺の勘は、やっぱり間違ってはいかったな」

 嬉しさに笑みが零れかかったわたしの顔の筋肉は、ぴたりと動くのをやめる。
 ここで笑ってあげる必要はないような気がしてきた……
 なんとなく、これって……。自慢?
「おまえみたいな小娘、洋服次第で誤魔化せるさ。ホテルのフロントで下手に口を開くなよ。やらかしても片づけることはたやすいが、匿ってやるんだ、それ以上の面倒はかけるな」
 葉山さんの確固たる自信に、わたしは言葉も出ない。
 この人……。すっごい、自信家っ。
 自分はなんでもできる。なんでも分かると思っているのだろうか。
 都会の男の人って、みんなこんな感じなの?

 言いたいことを言いながら、葉山さんは店員さんに小さなカードを渡す。
 なんだかんだ言っても、初めて会ったばかりの女の子を匿い、服を選んで、イヤな顔ひとつせずお金まで払ってくれるのだ。
 嫌みのひとつやふたつ我慢して、これはお礼を言うべきだろう。
「あの……、葉山さん、……ありがとう……」
 わたしがお礼を言うと、葉山さんは無表情の目元を少しだけ緩めた。
「気に入ったなら、それでいい」

 苛立たしく尖っていた気持ちが、少し静まる。
 反感を覚えながらも、ときどき葉山さんに感じるほわりとした感情がなんなのか、わたしには分からない……



【続きます】




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