恋桜~さくら【改稿版】

第二章・すれ違う心/3

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「それじゃあ、村の人たちは住んだままでいいって決めてくれたのも葉山さんなんだ? 優しいんですね。村の人たち、喜んでます」
 “優しい”という言葉に反応したのか、葉山さんは一瞬驚いた顔をする。でもすぐに、どこか鬱陶しそうな表情に変わった。
「ただ……。村はともかく、娘まで買い取ると決めたのは、社長である父だ……」
 “買い取る”っていう言葉が、凄く気になった。けれどわたしは、せっかく彼が話をしてくれている絶好のチャンスを逃したくなくて、そのまま耳を傾ける。

「俺も驚いたが、父の気持ちを考えたら分からなくもない選択だ。正直、俺は結婚なんて興味はないし、恋愛なんていうものも仕事の邪魔だと思っている。妻なんて名前のつく存在も、世間体のためにだけいればいい」
 彼は大きく息を吐き、諦め気味に言葉を続けた。
「ただ俺の場合は、興味がないでは済まされないのが事実だ。世襲制で続く葉山の跡取りは、次の跡取りを作るのも仕事だからな。俺を放っておいたら、その役目を放棄するとでも父は思ったのかもしれない」
 目を伏せ気味に、視線を下へ。腕を組んで右手を顎のあたりに当てて、彼は自分のこれからを考えこみながら話しているように見える。

 ――無理やり妻を取らされ、意に沿わぬ結婚をさせられる自分を。

「たとえ十歳も年が離れた女であろうと、婚姻年齢に達していることに変わりはない。そばに置いておけば跡取りのひとりくらいはできるだろう。父はそう考えたのだろう。――まったく、情けない話だ」
 彼は苦笑いをしながら顔を上げる。
 そしてわたしを見て、目を見開き……、次の言葉を呑みこんだ。

 それは、わたしが無言のまま泣いていたからだろう。
 唇を結んで、声を出さないように。
 ソファに座り身を固め、膝に置いた手を握り締めて、ただポロポロポロポロ、涙を流していたからだろう。

「……おまえ、なにを……」
 どうして泣いているのか、彼には分からないようだった。
 それはそうだ。わたしだって、泣くつもりなんてなかった。泣いちゃいけないとさえ思っていた。
 けれど、話を聞いているうちに、耐えられなくなってしまったのだ。
「なにを泣いて……」
「酷い……」
 彼の言葉を遮り、わたしは口を開く。ひとこと口から出したら、言葉は止まらなくなった。
「酷い……、それじゃぁ、さくらお嬢さんが、可哀想……」

 自分のことを可哀想なんて、自己擁護もはなはだしいかもしれない。けれど自分のことではなくても、この言われかたは酷い。
「じゃぁ、なに? さくらお嬢さんは、子供を産むために連れて行かれるの? それじゃぁ、跡取りさえ産めれば、誰でも良かったんじゃないの?」

 涙が流れ出し、言葉とともに止まる気配を見せない。それだけ、悲しくて情けなかった。
「夫婦って、結婚って、そういうものじゃないんでしょう? おとなしくて邪魔にならないから夫婦でいる。そばに置いておけば子供くらいは産めるだろうから結婚する。……そんなの、おかしいよ……。そんな話、読んだことも聞いたこともない」
「企業一族同士の世界ではよくある話だ。家同士のための婚姻や、利害関係で夫婦になる者も少なくはない。作り事では済まされない。それが現実だ」
「それでも……!」
 言い返してきた彼に、わたしは更に言い返す。
 この話だけは、譲りたくはなかった。

「さくらお嬢さんは、まだ十八歳だよ!? 葉山さんみたいな大人じゃないし、そんな企業家の世界なんてものも知らない! 葉山さんが言っていたとおり、あんな鄙びた村で、十八年間、村の人たちに守られて育っただけの、お人形さんみたいな人だ!」

 こんなにもムキになってしまったら、きっとあとになって鼻で笑われるだろう。ぶっきらぼうに、『子どもの意見だな』と言われてしまうだろう。
 分かってる。けれど、わたしの言葉は止まらない。

「恋もしたことがないうちから、そんな利害だらけの大人の世界に巻きこまれるの! 可哀想だと思わないの!? それでも、それが莫大な借金を抱えた村に生まれた不運だとでもいうの!? 旦那さんになる人に冷たくされて、子どもを産むためだけにそばに置かれて、さくらお嬢さん、毎日泣き暮らしてそのうち死んじゃう!」

「死にたきゃ死ねばいい! それもひとつの選択だ! そのほうが幸せな場合だってある! なんにしろ、おまえが気にして泣くようなことじゃないだろう、他人のことでそこまでムキになって、馬鹿かおまえは!!」

 強い調子で言い返してきた言葉に、わたしの身体は固まった。息は止まり、一瞬頭の中が真っ白にさえなった。

 酷い……
 酷すぎる!!

「もういい!!」
 限界だった。これ以上この人の言葉を聞いていたら、自分というものがどんどん壊されていくような気さえした。
 自分の未来が、どんどん絶望に変えられていく感覚さえ起こした。

 わたしはソファから立ち上がり、逃げるように部屋から飛び出したのだ。



 部屋を飛び出したのはいいけど、ここからどうしたらいいだろう。
 タクシーを呼んでもらって村へ帰るのが一番だろう。フロントで頼めばすぐだ。
 分かっているのに、わたしは広い階段の踊り場、壁側の片隅で、じっと立ったまま動けないでいた。
 階段を使う人はめったにいないようで、静かなものだ。そんななか、わたしはひとつの足音が聞こえてくれるのを期待している。
 もしかして、葉山さんが追いかけてきてくれるのではないか。そんなありえない、希望……

 ――わたしは、耐えられるだろうか……
 あの人のそばにいて、あの人を取り巻く人たちの中に放りこまれて、わたしはやっていけるのだろうか。

 “初恋”というものに、ずっと憧れていた。
 わたしの両親は仲が良いから、“夫婦”というものにも、夢を持っていた。
 でも、そんなものはすべて、本当に夢になってしまうんだ。

「……酷いよ……。葉山さん」
 わたしも、調子にのって悲愴感たっぷりなことを言ってしまった。
 売り言葉に買い言葉だったとしても、『死にたきゃ死ねばいい』っていうのは辛辣すぎないだろうか。
 あの人にとって、所詮わたしはその程度のものでしかないのだ。

 考えていると再び目頭が熱くなった。涙が出そうな予感に、わたしは手の甲で瞼を押さえる。

 そのとき、複数人の気配がわたしを取り囲んだ。
「あれぇ? どうしたのかなぁ?」
「泣いてんの? 可哀想に」
 どこか媚びた印象を受ける嬉々とした声。わたしの周囲に、その人たちが影を作る。
「どしたの? こんな所にひとりで」
「ママに怒られたのかな? それとも彼氏と喧嘩したの?」
「カーワイイっ。高校生? 中学生かな?」

 それは三人の男性だった。まだ若い印象を受けるのは、春なのに夏のように焼けた肌と、耳や首を彩る貴金属のせいかもしれない。
 葉山さんと同じくらいだろうか。でも、葉山さんと決定的に違うのは、品性の欠片も見当たらない印象を受けるところ。

 大きな男性三人に囲まれて、わたしは泣きたかった気持ちも忘れ、目をぱちくりと大きくさせた。
 自分の身になにが起こっているのか、イマイチ理解しきれていなかったのだ。
「ねぇ、一緒に遊びに行こう? 部屋にさケーキ買ってあるんだ、食べにこない?」
「そうそう、意地悪な彼氏なんてほっといてさ」
「かわいいなぁ、マジ、いくつ?」
 やっと少し理解できてきたのは、にじり寄ってくる彼らに壁へ追い詰められ、無作法にも腕を掴まれたときだ。
「離してっ。なんですか、いきなり失礼でしょう」
 その手を離させようと腕を上げるけれど、もちろんその手は離れなかった。
「うわっ、お嬢様っぽいっ」
「イイなぁ、泣かせてやりてーぇ」
 三人が笑い声をあげる。けれどそれは楽しくて笑っている声ではなくて、ぞくリと身の毛がよだつような、羞恥心が掻き立てられる笑い声。

 初めて感じる恐怖に、わたしは身体が動かなくなった。

 どうしよう……。こんなの予想外……

「いいからおいで。泣いてないで楽しいことしに行こうよ」
「……っやっ……!」
 無理やり腕を引かれ、固まった身体は引かれるままに動く。ひとりが腕を、他のふたりが笑いながらわたしの背中を押した。

 怖い!!
 溢れくる恐怖に涙が噴き出しそうだ。
 なのに、声が詰まって叫び声を出すこともできない。

 そのとき、わたしの腕を掴んだ手を別の手が掴み、聞き覚えのある声が耳に飛びこんできた。

「私の連れが、なにか失礼でも?」

 冷静で重厚感ある、綺麗な声。
 ――葉山さんだった……



【続きます】





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