恋桜~さくら【改稿版】

第三章・理解し合う想い/1

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「ひとりで部屋から出ていたのですが、館内で迷子になったのだろうと思い探していました。保護していただき、感謝いたします」
 葉山さんのこんな丁寧な口調は初めて聞く。丁寧だけど威厳のある声。
 お礼の言葉を言っているのに、声の中に潜む威圧感は聞いている者をひるませる。 

「あ、いや、あ……」
 三人は出すべき言葉に迷っているようだ。まさかこんな保護者的人物が出てくるとは思わなかったのだろう。
 わたしの腕を掴んでいた手が離れ、変わって葉山さんに引き寄せられる。彼のうしろへ隠されたかと思うと、彼はスーツのポケットから携帯電話を取り出した。
「それとも、なにかご迷惑をおかけしましたか? それでしたらすぐに弁護士を呼んで対応させますが?」
 背後から斜めに見上げると葉山さんの横顔が見える。口元は笑っているのに、目が笑っていない。彼は三人を威嚇し、脅しをかけているのだ。
 弁護士とまで言われては、さすがに悪い事をする気も萎える。三人は申し合わせたように首を振り、愛想笑いを浮かべてそそくさと階段を下りていった。

「あの……、葉山さん……」
 わたしはなんと言ったらいいか分からず、おそるおそる声をかける。
 すると彼は無言でわたしの腕を掴み、引っ張りながら勢いよく歩き出した。
「あっ、あ、あのっ……」
 おっ、怒ってる!?
 なんとなく歩きかたでそう悟ってしまうも、『怒ってますか?』と聞く余裕もない。
 あっという間に部屋の前までくると、ドアを開けたと同時に彼はわたしを中へ突き飛ばした。
「きゃっ!」
 怒ってるのは分かるけれど、突き飛ばすことはないでしょう!

 転ぶまではしなかったけれど、突き飛ばされた勢いでわたしは廊下の壁に手をついた。
 この乱暴な仕打ちに文句のひとつも言ってやろうとしたが、その前に彼の叱責が飛んだのだ。
「この馬鹿者!」
 その迫力に出るべき言葉は引っ込み、再び身体は固まる。
「ここは村と違うんだ! リゾート施設だ! 女がひとりでウロウロしていたら、ああいう輩に捕まるのは当たり前だ! おまえみたいなガキでも一応は女なんだから、そのくらい覚えておけ! ったく! もしかしたらと思ったら案の定だ。間に合ったことに感謝しろ!」
「そっ、そんなに怒鳴らなくたっていいじゃないですか! もとはといえば、誰のせいで部屋を飛び出したと思ってるんですか!」
「おまえが他人の話に逆上してヒステリーを起こしたのが原因だろう! 責任転嫁をするな、馬鹿者!」
「人のことを気安く『馬鹿』なんて言うものじゃないわ! そんなに馬鹿馬鹿言われたら、お礼も言えないじゃないの!!」

 そう言い返した途端、涙が出てきた……
 見知らぬ男たちに絡まれて怖かったことと、助けてもらえて安心したのに、いきなり怒鳴られて、お礼を言おうにも言えなくて悲しいことと、全部の気持ちが一気に襲ってきて、わたしはどうしたらいいのか分からない。

「ありがと……ございます……。助けて、くれて……」
 それでも、嗚咽を堪えながら助けてもらったお礼を言う。すると、彼はポンッとわたしの頭に大きな手を載せた。
「……良かったな……。おかしなことにならなくて……」

 お礼を言われて当たり前。そんな態度を取られることも、少し覚悟していた。
 けれど彼は、静かな声で言葉をかけてくれたのだ。
 少し驚いたけれど、……嬉しかった。

 部屋へ入って行く葉山さんの背中を見つめ、どこか気持ちが軽くなる。
 ついでみたいになってしまうけれど、部屋を飛び出して心配をかけてしまったことも、謝ってしまおうか。
「あの、葉山さ……」
 彼のあとを追おうとしたとき、携帯電話の着信音が鳴る。葉山さんは部屋へ入ったところで立ち止まり携帯を取り出した。
 声をかけそびれてしまったわたしも、その後方で立ち止まる。

「――もしもし? どうしたの? なにかあったのかい?」
 電話に出た葉山さんの声が凄く優しい。不意をつかれたように、わたしの心臓が高鳴った。
 こんな優しい声で、誰と話しているのだろう……

「ああ。大丈夫。明日には帰るよ。うん、例の娘さんには会えなかったけれどね。おとなしくていい娘さんらしい。安心していいよ。――母様」

 ――お母さん?

 短い電話を終えた葉山さんの背中を、わたしは黙って見つめた。
 さっきの凄く優しい声が耳の奥に残る。もうすぐ妻になる娘に会いに行った息子を心配して、母親が電話をかけてきたのだろう。
 母親を安心させるために、馬鹿にしていた“さくら”を『おとなしくていい娘さん』とまで褒めるのだ。よっぽど仲が良いらしい。

「……さっき、なにか言ったか?」
 電話をポケットに戻し、葉山さんは上着を脱ぎながら肩越しに振り返る。言葉を途中で止めたことに気づいていたようだ。
 なんとなくこの流れで話を蒸し返すのもおかしい気がしたわたしは、無難なところに話題を振った。
「あの……、お母さんと、仲が良いんですね……」
 別におかしな意味で言ったんじゃない。
 世の中には母親と仲が良い息子はマザコンだなんて言う人もいるけれど、必ずしもそうとは限らないし、今の場合は決してそんな意味ではない。
 けれど、なぜか葉山さんはちょっと黙ってしまった。
 やはり、わたしがそういった誤解をしていると思ってしまったのだろうか。

「あの、おかしな意味ではなくて……」
「おまえのところは、両親仲は良いか?」
「え?」
「両親は、仲が良いか? 笑い合ったり、相談し合ったりするか?」
「え? ええ……」
 厳格だけど優しい父と、穏やかな性格だけど女性としての芯は強い母。こんな夫婦になりたいと思い続けているほど、わたしの両親は仲が良い。
 でも、それが今の話となんの関係があるのだろう。

「俺の両親も仲はいいが、実はうわべだけで、母は父を恨んでいる。父も母を扱い切れず持て余しているというのに、それを表面には出さず、仲が良いふりをしている。……ズルイ夫婦だ……」

 葉山さんは上着をソファの背に引っ掛け、その場でわたしを振り返った。
「そのお陰で、母は常に軽い鬱状態だ。母は、父にも妹にも言えないことはすべて俺に言ってくる。……精神的に弱っている人間に威張っても、仕方がないだろう?」
「どうして……、恨んでいるなんて……」
 口から出たものの、答えてもらえるとは思ってはいない。そこまで踏みこんだ家庭の事情を、他人に話すような人ではないだろう。
 しかし彼はひとつ息を吐いてその予想を裏切った。
「……母は、縁故にしている企業の娘だった。その会社に金の援助をするという条件で、政略結婚同然で父の妻になった女だ。だが当時、母には将来を誓い合った相手がいたらしい……」

 わたしは出す言葉もなく、部屋の入口にたたずんで葉山さんの話に聞き入る。
「将来を誓い合った男と引き離され、金のために結婚をした。祖父に決められたとはいえ、父もうしろめたい気持ちがあったんだろう。当時はろくに話すことも、一緒にいることもなかったらしい。……それでも、皮肉なことに俺は産まれた。……母は、今でも父を許してないんじゃないかと思うときがある。一生、死ぬまで、彼女の人生を変えてしまった父を、憎み続けるんじゃないかと……」

 凄い話を聞いてしまった気がして、わたしは動くことも口を出すこともできない。

「……鬱状態が酷くなると、母は『死ねばよかった』と繰り返して泣く。俺は、そんな母を小さい頃から見て育ち、思ったものだ。……そのほうが幸せなら、死ねばいいのに……と」

 わたしは部屋を飛び出すきっかけになった葉山さんの言葉を思いだした。
 そのほうが幸せなら死ねばいい。そんな言葉を“さくら”に向かって吐いた彼。
 彼は、借金を理由に成立したこの結婚を、母親の例と重ねているのではないだろうか。政略結婚をした両親。立ち直れない母親。

 ――自分も、そんな夫婦になるのではないかと。

 妻にした娘は、母のように自分の人生を悲観しつつ、ときに『死にたい』と思いながら毎日を過ごすのではないかと……

 彼は、結婚にも恋愛にも興味はないと言っていた。
 幼い頃からこんな両親を見続けたのでは、そんなものに興味がなくなっても無理はない。

 葉山さんはゆっくりと足を進め、わたしの前に立つ。背の高い彼が真正面に立つと、最初に目には入るのは彼のネクタイ。そのネクタイを辿り視線を上げると、真剣な目でわたしを見おろす彼がいた。
「教えてくれ……」
 そして彼は、多分一番気になっていたのではないかと思う疑問を口にする。
「地主の娘には、想っている男はいないのか……? 引き離されたら、死んでしまいたいと思うような……」

 会ったときから、ずっと凛々しく上がっていたはずの眉が少し下がっている。
 彼がこの結婚に対して抱いている不安が分かったような気がして、わたしは胸が痛くなった。
 さくらや村を馬鹿にして、ずっと大きな態度をとり続けていたのも、膨らみ続ける不安を隠すためだったのではないだろうか……
 この縁談話に、不安でやり切れないものを感じているのは、わたしだけではないんだ。

「そんな人、いませんよ……。最初も言ったけど、お嬢さんは学校へ行く以外は村から出ない人だし、恋ができる環境にあった人じゃないから……。だから、結婚して、お嬢さんが葉山さんを好きになったら、葉山さんが初恋の人なんだと思う……」
 自分の言葉に、ドキリと胸が高鳴った。
 葉山さんが“初恋の人”になる。そうだ……わたしが彼を好きになれば……
 彼も同じ言葉に反応したのかもしれない。ほんの少し眉が動いた。

「……そうだと、いいけどな……」

 何気ない呟き。口元がほんの少しほころび、かすかに感じられた優しげな微笑み。その微妙な表情に、わたしの鼓動は再び高鳴る。

 これは、葉山さんの本心だと思っても良いのだろうか……



【続きます】




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