恋桜~さくら【改稿版】

第三章・理解し合う想い/2

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 不本意にも、彼の変化に見惚れてしまう。
 葉山さんは、そんなわたしを見つめたまま、またもや予想外の言葉を落とした。
「悪かったな……。サキ」
「え?」
「大人げなく、俺も調子にのりすぎた。おまえくらいの年代の女の子に、どう接したら良いものか迷っていたのが正直なところだ」
「いえ、あの、わたしも……、匿ってくれなんて言っておきながら、お部屋を飛び出したり勝手なことばかりをして……」
 謝ってくれたことがあまりにも意外で、わたしは返す言葉がしどろもどろになってしまう。それでも、葉山さんがわたしを邪魔に思ってあんな無愛想な態度をとっていたわけではないと分かり、心がスッと軽くなった。

「色々……、ごめんなさい……。葉山さん」
 素直な気持ちで謝れたのは、そのせいかもしれない。

 謝罪の言葉を聞いたせいなのか、それとも本当にわたしが反省をしていると分かったからなのか、葉山さんの表情が和む。
 ドキドキと胸の鼓動が大きくなり、わたしはそれを抑えようと、握り合わせた手を胸にあてた。
 そんな仕草を誤解したのだろう。葉山さんは少し困ったように苦笑をする。
「できれば、怯えないでくれ。別に怒っているわけでもないし、匿うのをやめると言って、おまえを追い出そうと思っているわけでもない」
「あ、いえ……」
「匿うと決めた直後は、随分と気持ちが落ち着かなかった。情にほだされたとはいえ、こんな子どもに上手く接する自信なんてないのに、どうしてこんなことになってしまったのか、なんて考えて」
 わたしはハッと思いだす。匿ってくれることが決まって、桜トンネルでタクシーを待っていたときのことだ。
 あのとき、葉山さんは煙草を咥えた。
 イラついたときや落ち着かないときにだけ手が伸びると言っていた、煙草。
 てっきり、葉山さんは見知らぬ女の子を匿うことになってしまったこの状況にイラついているのだと思っていたけれど、違うんだ。
 
 彼は、わたしへの接しかたに迷って、落ち着かなかっただけ……

「実際、洋服が似合っていたときも、食事の作法がなかなか上手く躾けられていると感じたときも、褒めてやりたかった……。ただ、どう言ったらいいか自分でもよく分からなくて……」
 苦笑をしたまま葉山さんの視線がわずかにそれて、ちょっと照れているのだという感情が伝わってきた。
 これは……ちょっと、困る。
 わたしまで照れくさくなってきた。

 洋服を着たわたしを見て、褒めてくれたのかと思ったら優越感たっぷりの自慢話に変わってしまったのも。
 食事のときに、無理して行儀良くしなくてもいいと軽視したような言葉をかけたのも。

 上手く、褒め言葉が出てこなかっただけ……

 田舎者だと馬鹿にされていたわけではないんだ……。葉山さんは、褒めようとしてくれていた……
 どうしよう、そう考えると凄く嬉しくて、さっき以上に鼓動が速い。照れるついでに頬か熱くなってくるのを感じる。

 赤くなっているのが恥ずかしくて、わたしの心に焦りが生まれる。
 彼の視線がわたしに戻ったことに気づき、痛いくらいに胸が高鳴った。咄嗟に、言わなくてもいいことを口にしてしまった。
「葉山さんって、言葉が足りないことがありますよね。人の上に立つ専務さんなのに、それじゃあ困るでしょう」
 言葉が出てしまってからマズイと感じる。
 これは言いすぎかもしれない。……というより、大きなお世話だ。

 せっかく刺々しかった雰囲気が少し柔らかくなったような気がしたのに。
 葉山さんが気分を悪くすれば、また元通りになってしまう。
 なんてことを言っちゃったんだろう。いくら、赤くなっているのを誤魔化したかったからって!

「そうだな。我ながら感情表現は苦手だと思う」
 自分の言動を後悔するわたしに、またまた彼は予想外な行動をとる。なんと、楽しそうな声で、軽く噴き出したのだ。
「苦手だから、つい無表情が多くなる。会社でもそんな感じだ。そこを冷徹だと言われることもある。……ああ、大学時代だったか、鉄仮面なんてあだ名をつけられたこともあったな」
 わたしは、いささかぽかんとして葉山さんの顔を見つめた。
 ムッとするかと思っていたのに、まさか笑ってくれるなんて……
「ただ、そう見られて悪いことばかりじゃない。かえって、感情に流されることなく仕事を進めていける。周囲も、俺におかしな温情は求めないからやりやすい。……そうだ、そのせいで、裏では“狂犬”なんていわれているらしい。狂犬だぞ、なかなか凄くないか」

 彼のおかしな自慢に、とうとうわたしまで噴き出してしまった。
 すっ、凄くないか、って、なんですか、それっ!
 鉄仮面の次は狂犬ですか!
 おまけに……言いかたが少し無邪気だったように感じて、なんとなくわたしが照れてしまう。
「やだ、葉山さん、面白い自信っ」
 わたしは声を出して笑う。葉山さんの自信家ぶりに最初は呆れていたはずなのに、今は心が軽くて、おまけにどこか嬉しい。

「そうやって、笑っていろよ。サキ」
 葉山さんから、母親と話をしていたときのような優しい声が発せられ、わたしは笑うのをやめる。
「泣かれるのは苦手だ。特に女には。……どうしたらいいか分からなくなる」
 なぜかドキリとした。特に女は、という部分に引っ掛かったのかもしれない。
「だから……、俺は母が泣くと、いつも泣きやむまで放っておく。慰めも気休めの言葉も、どうせ無駄だろうと思うと口から出すことができない」
 無意識に心がホッとする。彼が言ったのはお母さんのことらしい。

「だけど……おまえが泣いているのを見ているのは、凄く辛くてイヤだった」
「葉山さん……」
「他人のためにあそこまで泣いて庇うなんて。おまえ、お人好しというか馬鹿というか……」
「ま……、また馬鹿って……っ」
「――優しいんだな」

 わたしの言葉は止まる。
 さっきから、わたしの心は葉山さんに翻弄されっぱなしだ。

 もしかしたら葉山さんは、わたしを泣かせないために、こうして色々と話をしてくれているのかもしれない。
 そう感じ始めたとき、わたしが一番心配していたことを、彼は真剣な口調で話してくれた。

「さくらという娘を、ないがしろにするつもりはない。十八の身空で、村のためにと一大決心をした心根は立派だと思う。もしかしたら俺を恨む生活を送るのかもしれないが、葉山の家へ行っても不便がないように取り計らってやりたいとは思ってる」
「……本当に、ですか?」
「ああ。……実を言えば、母も彼女が家へくるのを楽しみにしている。昨日も、部屋に揃えておいてやりたいと言って、妹と一緒に調度品や人形なんかを身立てに出かけた。母が楽しそうなので、妹も嬉しいらしい。ふたりとも娘がくるのを楽しみにしている」
 意外な話を聞いてしまった。思えばわたしは、相手の家の事情もなにも聞かされてはいなかったのだ。
 嫁ぎ先になる葉山家にどんな人がいるのか。果たして、この結婚を歓迎してくれているのかさえ……

 ただ、借金のかたに、村のために、結婚しなくてはならないと悲観ばかりをして。
 もしかしたら待っていてくれる人がいるかもしれないという可能性を、まったく頭に入れていなかった。

「あとは、娘が馴染んでくれればいいんだけどな……。こんな状況で嫁にいかされる身としては、そういうわけにも……」
「だ、大丈夫ですよ! 馴染みます。お母様のお話し相手にもなれると思うし、きっと妹さんとも仲良くなれます!」

 言ってしまってからハッとする。わたしは“サキ”なのだから、こんな言いかたはおかしいだろう。
「――と、思います……。さくらお嬢さんなら……」
 ……なんとか取り繕ってみたけれど。大丈夫だっただろうか……

「だと良いな」
 不安だったけれど、葉山さんがそう言ってくれたのでホッとした。
 わたしは改めて笑顔を作り、頭を下げる。
「あの、葉山さん、色々お話してくれて、ありがとう……」
 頭を上げて彼を見ると、頭の上にまた手が載った。ぽんぽんっと叩くように頭を撫でて、葉山さんは微笑む。
「おまえに泣かれるより、ましだ」

 わたしはその微笑みに惹きつけられて、目が離せない……
 そして胸を叩くような鼓動が打たれるたび、心の中になにかの想いが舞い落ちてくるのを感じている。

 それはまるで、桜の花びらのように……
 ゆっくり、はらはらと……
 確実になにかの感情を伝えようと、心の中へ降り積もってくる。

 これは、なに?
 息が詰まってしまうほどに苦しい、この想いは、なに?

 胸を襲うのは、桜の木の上で、初めて葉山さんと目が合ったときと同じ気持ち。

 一面の桜。一面の薄桃色。
 “なにか”の想いが……
 どんどんと、心の中に溜まっていく。

 ――これは……?



【続きます】





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