恋桜~さくら【改稿版】

第三章・理解し合う想い/3

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「サキの髪は、綺麗だな」
 正体不明の想いに戸惑っていると、頭の上に載っていた葉山さんの手が左右に動き、髪をひと房手に取って指で梳く。
「髪、ですか?」
「最初に見たときから思っていたんだ。俺の妹もおまえと同じくらい長いが、なんだんだと手入れが大変らしい。贔屓目で見なくとも妹の髪は綺麗なんだが、おまえはそれ以上にも感じた。木に登って走り回っている村娘とは思えない」

 当然だけど、ドキッと心臓が高鳴った。さっきような葉山さんの優しさに対して感じた“ドキッ”ではなく、嘘を見破られるかもしれないと感じた焦りからくる“ドキッ”という気持ち。

 髪はいつも桃子が櫛で梳いてくれている。
 彼女は決してひっかけずに、とても上手に髪を梳く。手入れも丁寧だ。
 さらさらと長く軽い緑の黒髪。これは、わたし自身が気に入っている。でも、まさかこんなところに目を付けられてしまうなんて。
 だいたいの目見当で洋服のサイズを判断してしまった洞察力を考えても、葉山さんは本当に鋭い人だ……

 ぞわり……と、背筋に軽い悪寒が走った。
 わたしは、こんな鋭い人を最後まで騙しとおせるのだろうか……

「俺の所にいる女性秘書より綺麗だぞ。手入れは自分でしているのか?」
「……は、はい、あの、お姉ちゃんが……。いつも綺麗に梳かしてくれるから……」
「姉がいるのか?」
 焦るあまりマズイことを口にしてしまった。姉がいるなら、その姉も働きに出されるのかと聞かれてしまうかもしれない。
「あ、姉っていっても、妹みたいにかわいがってくれる近所のお姉ちゃんなんですけどね……。あ、あの……葉山さんの秘書の人って、女性なんですか?」
 髪の話から逃げたかったわたしは、いきなり違う話題をふる。
 逃げたかった……。というのはもちろんだけれど、この場合は、聞きたいことができたから、というのも大きな要因かもしれない。

「ん? ああ、昔からついてくれている男の秘書はひとりいる。数年前からもうひとり、女性秘書がつくようになった」
「お、お忙しいんですね」
「第二秘書というやつだが、だいたい二、三ヶ月で交代になる。はっきりいって使い物にはならない」
「そんなに頻繁に変わるものなんですか?」
 二、三ヶ月は短すぎるのではないだろうか。仕事のことはよく分からないけれど、慣れた途端にいなくなるようなものだ。

 それとも、もしかしたら葉山さんの無愛想な狂犬さんぶりについていける女性秘書がなかなかいなくて、それで辞めてしまうとか……

 ちょっと失礼な想像をしたとき、葉山さんがふっと苦笑する。
 考えを読まれたような気がしてドキリとした。

「第二秘書なんか本来は必要がない。父の指図だ。秘書という名目でやってくるのは、たいてい良家の子女ばかり。――父が、その中の誰かとどうにかなってくれたら、とでも思ってやっていたことだろう。職場で見合いをさせられているようなものだ。気分のいいものじゃない」
「どっ、どうにかって……、どうにかなったこと、あるんですか?」
 わたしはつい、一番聞きたかったことを問いかけてしまった。
 でもちょっと聞きかたがおかしかったのだろうか。葉山さんはクスッと小さく笑う。
「やはり、年頃の女の子だと、興味があるのか? そういう話は」
「え? いえ、あの……、すいません、余計なこと……」

 どうにかなる、っていうのは、きっと本で読んだ“男女の関係”というやつなのだろう。
 そんな関係になったことがあるのか、なんて、葉山さんにしてみれば大きなお世話だ。
 ……わたし……、なんてことを聞いてしまったのだろう。

 いくら……、凄く気になったからって……

「期待に添えなくて悪いが、残念ながらそんな色っぽい経験はないな」
 わたしが申し訳なさそうにしていたからだろうか。葉山さんは再びわたしの頭を撫でた。
「仕事中におかしなことを考えられるほど暇じゃない。女のことを考えるより、仕事のことを考えているほうが楽しい」
 失礼だけど、なんとなくそういったタイプの人であるような気はする。仕事に厳しそう。
「だから正直、地主の娘を迎えてそばに置いても、父の希望どおりになるかどうかは不安がある。……だが、父と母の例もある。夫婦になれば、いずれはそういうことにも、なるのだろうな……」
 話の内容が恥ずかしい。
 夫婦になれば、夫婦だからこそ避けては通れないことがある。
 結婚してからあまり一緒にいることがなくたって葉山さんが生まれたように、わたしも当然、それを受け入れていかなくてはならない。

 でも、わたしが……、葉山さんと……
 
 知識でしか知らない世界が脳裏に浮かんで、そんなことを考えてしまう自分に激しい羞恥心が湧きあがる。
 頬が熱くなり、わたしは思わず両頬を手で押さえた。
「すっ、すいませんっ、じゃぁわたしは、そんな、なによりも大好きなお仕事を、さっきから中断させてばかりいるんですねっ。あのっ、お仕事してくれていいです! 邪魔ばかりしてしまってごめんなさいっ」
 わたしは、またもや話をそらそうと違う話題を切り出す。頬も熱いけれど、頭に載った葉山さんの手を妙に意識してしまって、そこまで熱い。

「気にするな。どうやら俺は、仕事をしているよりおまえに構っているほうが、今は楽しいみたいだ」
 低く深い、とても綺麗な声。
 その声は、ストレートに心に沁みてくる。

「すまないな。田舎娘には、ちょっと刺激的な話だったか?」
 男女の関係をにおわせる話をしたせいで、わたしが赤くなってしまったと思ったのだろう。正解ではあるけれど、改めてそう言われてしまうと、もっと恥ずかしくなる。
 胸が痛いくらいにドキドキして……
 ――眩暈がしそう。

「ところでサキ、おまえ、歳はいくつだ?」
「え? 歳……じゅ、十八、ですけど……」
 いきなり歳を聞かれるとは思っていなかった。そういえば言っていなかっただろうか。
 咄嗟に本当の歳を言ってしまってから焦りが湧き上がる。身元を偽っているのだから、歳も誤魔化したほうがよかったのではないか。

 しかし、本当のことを口にしてしまったおかげで、わたしはとても貴重なものを見ることができた。
 葉山さんの……キョトンッとした顔だ……

 目を見開いて、不思議そうな……

 ま、待ってください……
 どうしてそんな顔しているんですか……
 というか、そんな顔できる人だと思っていないので、あまりにも意外で、ちょっと、ちょっと……かわいいとか思ってしまうんですけど……!

 かなり動揺をしているわたしの頭から手を離し、葉山さんはぐっと顔を近づける。驚いて一歩引いた瞬間、彼は口を押さえ、くるりと背を向けて壁に片手をつき笑いをこらえるように肩を震わせだした。
「は、はやま、さん……?」
「す、すまない……いや、予想外で……」
「はい?」
「俺の予想が外れるとは……。てっきり……中学生だと……。いや、本当にすまない……」

 中学生……ですか。
 なんとなく気は抜けるけれど、最初に歳を言っていなかったのだからしようがない。
 童顔は自覚している。思えば高校三年生になっても、一年生に同級生だと間違えられたものだ。

「……そんなに笑わないでください。謝ってくれなくてもいいですよ。慣れてますから」
 そうは言うものの、少し拗ねたような口調になってしまった気がする。
 葉山さんは笑いを落ち着けるためか大きく息を吐き、わたしのほうを向いた。
「そうか、十八か。じゃあ、少しは女性扱いをしなくてはいけないな」
 そう言うわりには、彼の手はわたしの頭に載り、撫で撫でと横に動く。

「と、すると……、サキは地主の娘と同じ年なのか」

 やはり正直に歳を言ったのはまずかった。
 ここから色々と追及されたら、誤魔化しとおしていけなくなってしまうかもしれない。

 しかし、焦るわたしの心中とは裏腹に、葉山さんはにこりと微笑みをくれる。
「それだから、あんなにムキになって、涙まで見せたのか。……同じ歳の娘となれば、他人事とも思えなかったってところか」
「……はい」

 いい方向に誤解をしてくれているなら、それに乗ってしまおう。
 わたしは返事をして、葉山さんを見つめる。
 微笑んだまま、わたしの頭を撫でる彼を……

 ――どうしよう……

 どうしよう……

 心の中に降り積もってくる苦しい気持ちを、なんと呼んでいいのか、分からない……



【続きます】






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