恋桜~さくら【改稿版】

第四章・一夜の恋/1

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「大きい……」
 白いワイシャツを左右に広げ、わたしは物珍しげにしげしげと眺めた。
 男性がワイシャツを着ているところは見たことがあっても、こうして手に取って物色するのは初めてだ。
「葉山さんって背も高いから、やっぱりお洋服も大きいのかな……」

 見た感じ、絶対に一八〇センチ以上はあると思う。
 とすると、わたしと三十センチ以上も違うんだ……

「凄いなぁ……」
 なぜか妙に感心をしながら、わたしはさらにワイシャツを眺めた。
 しかし、目線より上に掲げたりひっくり返したりしているうちに、身体に巻いていたタオルがはらりと落ちそうになり、慌ててワイシャツごとそれを押さえる。
「あ、あぶな……」
 顔がカアッと熱くなった。素肌にたった一枚巻いていた物が落ちそうになったのだから、慌てずにはいられない。

『ほら、風呂にでも入って、早く寝ろ』
 葉山さんがそう言ってくれたのは、つい三十分ほど前。
 彼は自分の荷物の中から綺麗にたたまれたワイシャツを一枚出してきて、わたしに差し出した。
『ワンピースで寝るわけにもいかないだろう。パジャマ代わりに着るといい』
『あ、でも……これ借りちゃったら、葉山さん明日の着替え……』
『スペアはもう一枚ある。……それとも、裸で寝るか?』
『お借りします!』
 いくらなんでも、裸で、はないでしょうっ!!
 ……でも、もしかしたら彼なりに気を使ってくれたのかとも思う。それじゃなかったら、勝手に寝ろって感じで放置されていたんじゃないかと思うから……

 十八歳だって本当の歳を言ってしまったとき、少し女性扱いをしなくちゃならないって言ってくれていた。
 それだからパジャマの代わりになる物を貸してくれたのだろうか。そう思うと、なんだか照れてしまう。というか、恥ずかしい……

 とは思うものの……
 わたしはお風呂に入る前のやり取りを思いだす。
 そのときのことを考えると、本当に女性扱いをしてくれていたのだろうかと分からなくなるのだ。
『ゆっくりしてこい。今日は気を張って疲れただろう』
『はい、ありがとうございます』
 ……ここまではよかった……
『ところで、シャワーの使いかたは分かるか? お湯の出しかたとか……』
『ば、馬鹿にしないでくださいっ。そのくらい分かりますよっ』
『石鹸じゃなくてボディソープだが、大丈夫か?』
『あのですねぇっ』
『分からなかったら呼べ。一緒に入ってやる』
『けっ、け、結構ですぅっ!』
 からかわれているというか面白がられていることに気づいて、わたしは慌ててバスルームへ飛びこんだのだ。

「あんなふうに女の子をからかうなんて、悪趣味よね」
 ちょっと不服を口にしつつ、わたしはシャツに腕を通す。思ったとおり袖も長いので、手が出るくらいまで数回折り返した。
 前のボタンを全部留め、洗面台の大きな鏡の前に立つ。なんとなく違和感を覚え、上からふたつ分だけボタンを外した。
「こんな感じ……かな」
 首元を開けているせいか、しゃっきりしているはずのシャツはとてもラフな感じに見える。丈は膝くらいまであるけれど、それでも足が出すぎているような気がして落ち着かなかった。

 バスルームから出てすぐベッドへ直行してしまえば、そんなに葉山さんの目にさらされることもないだろう。
 見られたとしても、恥ずかしいのは一瞬だ。
 大丈夫。大丈夫……
 わたしは心の中で自分に言い聞かせる。気持ちを落ち着かせようと大きく息を吐き、ちょっと身を乗り出して鏡の中に映る自分を眺めた。

 こんな恰好をしていると、自分じゃないみたいだ。
 お母様が見たら『だらしない』と言って卒倒しそう。

 クスリと小さな笑みが漏れた。
 だらしない恰好はわたし自身好きではないはずなのに、なぜか今はこの恰好が気に入っている。
「変なの~」
 呟いてくすくす笑う。……と、そのとき、ドアがガチャリと開いた。
「着替えは済んだか? ちょうど良かったな」
 何食わぬ顔で葉山さんが入ってくる。わたしは一瞬固まり、目を見開いて彼を見た。
「そろそろ着替えも済んだだろうと思った。大当たりだな」
 相変わらず自分の予想が的中することにご満悦のようだけれど、はっきり言ってわたしはそれどころじゃない。
 すぐにでもベッドに飛びこんで隠れてしまおうとさえ思っていた格好を、こんなにも間近で見られているのだ。恥ずかしさに焦るあまり、わたしは洗面台に置いたタオルを手に取り、慌てて身体の前面を隠した。
 ……とはいっても、本当に慌ててしまっていたので、タオルを伸ばすこともせずそのまま胸にあて、肝心の足がまったく隠れないというわけの分からない状態に陥ってしまった。これでは意味がない。

 葉山さんも、なにをやっているんだと言わんばかりの顔で見ている。
 ああ、もう、本当になにやっているんだろう、わたし……
 恥ずかしいったらない……

「ほら、こい」
 言葉もなく赤くなっているわたしからタオルを取り、葉山さんは洗面台の横にあった椅子を鏡の中央に置く。わたしはそこに座らされ、取られたタオルをバサッと大きく頭からかぶせられた。
「は、葉山さんっ?」
 なにをされるのかと慌てたものの、その戸惑いはすぐに消える。彼は髪の毛をタオルに挟みながらパンパンと叩き、濡れた髪の水気をとってくれているようだ。
 自分でも一応は拭いたけれど、長いぶん行き届かない。タオルが毛先から離れたころには、髪はとても軽くなった。

「あ……、葉山さん、ありがとうございま……」
 言いかけるお礼を聞いているのかいないのか。彼はすぐにタオルを置き、今度はドライヤーをセットし始める。
 いきなり葉山さんが入ってきたときは何事かと思ったけれど、彼は髪を乾かしてくれるつもりで入ってきたらしい。
 確かに濡れたままでは少々不快だ。
 でも、頼んだわけではないにしても、彼にこんなことをさせてしまっていいのだろうか。自分でやったほうが……
 そうは思えど、わたしはドライヤーなんて自分で扱ったことがない。それこそ戸惑った挙句葉山さんに笑われてしまいそうだ。

 すると、わたしの膝の上に未使用のバスタオルがふわりとかけられた。
 顔を上げると、葉山さんが少々苦笑いをしている。
「そんな泣きそうな顔をするな。気がつかなくて、悪かった」
「え……?」
 なんのことかと思うが、無意識のうちにシャツの裾を握り、膝の上で伸ばしていたことに気づいてハッとする。
 立っている状態でほぼ膝丈だったシャツは、座ると腿まで上がる。葉山さんが現れて慌てていたわたしの態度を、彼は足が大きく見えてしまっていることに動揺していると思ったのだろう。
「あ、いえ……あの、……ありがとうございます……」
 改めてお礼を口にし、わたしはシャツの裾から手を離してタオルの上に置いた。
 伸ばしていなければ、本当に腿が丸見えだったかもしれない。意識をすると今度はそっちが恥ずかしくなってくる。

 上からドライヤーの風をあててくれる程度だろうと思っていたのに、葉山さんは櫛を使って少しずつ髪を取りながら、丁寧に乾かしてくれる。
 特別な行事があるとき、美容師の人が屋敷まで来て髪をセットしてくれることがあるけれど、それに匹敵する丁寧さだ。
「あの……葉山さん……」
「ん?」
「お、お上手なんですね……。驚きました……」
「昔はよく妹の髪を梳いてやった。我儘なやつで、少しでも荒く扱うと怒る」
「妹さんは、髪が綺麗だとおっしゃっていましたよね? 女の人は自分の髪が大好きですから。だから怒ったんですよ。きっと」
「そうだな。ケアを欠かさず、枝毛一本見つけただけで大騒ぎだ。……不思議だな……、おまえの髪は、それ以上に綺麗な気がする……」

 ドキリと鼓動が大きく胸を叩く。
 それと同時にビクリと震えてしまった気がして、わたしは咄嗟に身体を固めた。

 ……さっきも、髪の話から村娘とは思えないと言われたばかり……

 まさかとは思うけれど、葉山さんはなにかおかしく思い始めているのではないだろうか。
 あれだけ鋭い人だ。わたしの素姓を疑い始めてもおかしくはない……

「サキ?」
 呼びかけられてハッとする。いつの間にかうつむいてしまっていた顔を上げると、鏡越しに葉山さんがわたしを見ていた。
「どうした?」
「い、いえ……。すみません。なんというか、その……。お、男の人に髪を梳いてもらうなんて初めてで……」
「髪を乾かしてやるから、と言ってから入ってくればよかったかもしれないな。そんなに恥ずかしがるな。凄く悪いことをしている気分になる」
「そっ、そんなっ、すみません、そんなつもりじゃっ……」
 慌てるわたしを見て、葉山さんは軽く声を出して笑う。その笑顔がとても綺麗で、さっきとは違う意味でドキリとした。

「サキは、いい子だな」

 ドキリとときめいたはずの胸が、ぎゅっと、締めつけられる……

 偽りの名前。偽りの身分。
 『サキ』と呼ばれ、その名前の少女に彼が笑顔を向けることが、なぜかとても辛い……



【続きます】





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