恋桜~さくら【改稿版】

第五章・永遠の恋桜/2

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 葉山さんに会えるのはとても嬉しい。
 けれど、その反対に、わたしが“さくら”であることを知られるのが怖いと怯える自分もいた。

 車の音が大きくなってくるごとに、わたしの胸の鼓動も大きく速くなっていく。
 道の向こうに、黒く立派な車が見え始めた。あの車に葉山さんが乗っているのだろうか。
 わたしは桜を見上げ、深呼吸をする。
 桜の花は、葉山さんの優しい微笑みを思いださせてくれる。
 それを胸に留めて、わたしはどんどん近づいてくる車に目を向けた。

 車がわたしたちの前で停まり、急ぐように運転席のドアが開く。そこから姿を現したのは、待ち焦がれた葉山さんだ。相変わらずの、とても素敵で品の良いスーツ姿で。
 彼は車の前を回り、両親とわたしから目をそらすことなく歩み寄ってくる。
 両親が葉山さんを見て、深々と頭を下げた。わたしは一歩前へ出て、ゆっくりと口を開く。

「お初にお目にかかります。葉山様」

 目の前にいるのは、待ち焦がれ、恋焦がれた葉山さん。

 けれど、その愛しい人は、眉を寄せ少し怒っているような表情を見せている。

「斎音寺さくらと、申します」

 厳しい無表情の彼を前に、わたしは声を震わせぬよう、言葉を確認しながらゆっくりと挨拶を続ける。

「世間のことなど、なにも分からない鄙者ではございますが、何卒、葉山様に色々とご指導いただけますよう、お願い申し上げます」

 刺すような視線から逃げ、わたしは頭を下げた。
 驚いているのだろう。怒っているのだろう。
 この場で怒り出すことはないだろうけれど、きっと怒鳴りたい気持ちでいっぱいになっているに違いない。
 わたしは頭を上げられない。頭を上げれば、怒っている葉山さんが目に入ってしまう。自分勝手ではあるけれど、そんな彼を見たら泣いてしまう気がする。

 騙したわたしが悪いのに。
 最後まで自分を偽った自分が悪い。分かっていても、怒りを堪える彼の顔なんか見てしまったら、嫌われた事実が胸に刺さって涙が止まらなくなる。

 頭を下げるわたしの目に映るのは、ピンクのスカート。
 スカートのピンク色が、足元を舞う桜の花びらとともに揺れているのが見える。
 葉山さんが、わたしに似合うと自信を持って選んでくれたワンピース。会えなかったこの一週間、彼を想っていたくて眺めてばかりいたもの。

 そのくらい、わたしは葉山さんに会いたかったんだ。

「末長く……」
 だから、たとえ怒られたって……
 葉山さんと会えたことが、わたしは幸せだから……

「末長く、どうか……」
 そばにいられるだけで……、それだけでいい……

「どうかよろしく、お願い申し上げます……」

 わたしは顔を上げ、今出来る、精一杯の微笑みを浮かべた。
 その笑みは、どこか悲しげなものであったかもしれない。
 ここで、大好きな葉山さんと別れた、サキと同じものであったかもしれない。

 そして顔を上げたわたしの目に映ったのは、ちょっと怖い顔をした葉山さん。
 やはり怒っているのだろう。騙されたことを……
 でも、どうしたら良いのだろう。ここでいきなり『ごめんなさい』と謝るべきなのだろうか。

「――さくら……?」
 とても重い声で、葉山さんがわたしの名前を口にする。ビクリと身体が震えた。
「君が、さくら、か?」
 やはり怖い声。
 しようがない、自分が悪いのだ。意を決して、わたしは「はい」と返事をしつつうなづく。

 すると、葉山さんはわたしの前に右手を差し出した。
「葉山一だ」
 わたしはどうしたらいいのだろう。握手をしたらいいのだろうか。この差し出された手に、掴まってもよいのだろうか。
「初めまして。“さくら”」

 再び名前を呼ばれ、戸惑いが走る。そして次の瞬間、わたしは息を呑んだ。

 ――葉山さんが、笑ったのだ。

 今にも怒り出しそうだった表情が、いきなり破顔し、とても嬉しそうな笑顔になった。

 戸惑い身動きできなくなったわたしの手を、差し出したままだった葉山さんの手が掬い取る。
「こちらこそ。末長く、どうか……」
 わたしの言葉を真似、掬い取った手をキュッと握る。
「どうか、よろしく」
 とても優しい声。一週間前と同じ、“サキ”を好きになってくれたときと同じ、低くて深い、とても綺麗な声。
「さくら……」
 ――怒っていないの? 葉山さん?

 わたしの名前を呼ぶ葉山さんの声が、身体に沁み渡る。

 ――さくら……

 名前を呼んでもらえたことが、こんなにも嬉しい……

 葉山さんはわたしの手を離すと、両親に向き直った。
「ここで、さくらさんと桜の花を見たい。せっかくお見送りに来ていただいているというのに申し訳ないが、よろしいですか?」
 本当ならば、両親がわたしを見送ってくれるはずだった。けれど葉山さんの希望を聞くなら、家路につく両親をわたしが見送ることになるのだろう。
「――幸せになりなさいね。……さくら……」
 母がそう言うと、父がもう一度葉山さんに頭を下げる。笑顔でわたしの手を取ってくれた彼の様子を見て、ふたりは随分と安心をしたようだった。

 両親とは、これでお別れというわけではない。
 詳しい説明はまだされていないが、結納や結婚式のことなどで、まだ会う機会があるらしい。

 桜並木の中、わたしは両親の姿が見えなくなっても手を振り続けた。

 わたしがお父様とお母様を思ってしんみりしていると、一緒に見送っていた葉山さんがわたしを見る。
 何気なく彼に目を向けた瞬間ニヤリと不敵な笑みを見せられ、わたしの心臓はイヤな予感に跳ね上がった。

「やっぱりな」

 ……やっ、やっぱり……、って、なに、なにがっっ?!

 わたしが目を丸くしていると、葉山さんは腰に手をあて、大きく息を吐く。身をかがめてわたしを覗きこんだ。
「ただの村娘ではないと思っていた。もしかしたら地主の娘ではないかと疑いもしたが、おまえが必死になっているから問い詰めるのをやめたんだ。――やっぱりおまえが“さくら”だったんだな」
「なっ、……なっ、……葉山さんっ! 知ってたの?!」
「知っていたわけじゃないっ。疑ってはいた。何度も言っただろう、おまえが村娘とは思えないって。そんなヘタクソな芝居で、よくも俺を騙してくれたな」
「へっ、ヘタクソって……、ひどいっ!」
「人を騙しておいて、なにが『ひどい!』だ! この馬鹿っ!」
「また人のことを馬鹿って言うっ!!」

 確かに上手くはなかったと思う。
 村の子供の口調を真似たりもしていたけれど、結局は途中から地が出てしまっていたような気もする。
 葉山さんは鋭い人だから、途中、疑われているのではないかと数回不安にもなった。でも、そんなに疑われていたなんて!



【続きます・次回完結です】





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