「迷宮の天使*LS*」
迷宮の天使

第1章≪学園の天使≫・1

 ←プロローグ・7 「出会いの藤」 →第1章≪学園の天使≫・2 *R15


「ごきげんよう」
「ごきげんよう。良いお天気ね」
 そんな挨拶が飛び交う、うららかな四月の朝。
 春の爽やかな風が吹き、優しい木漏れ日が眩しい。
 ここ、私立西海女子学園高等部にも、春の木漏れ日のような少女達の声が、耳に小気味良いトーンで響き渡っていた。

 生徒用玄関前に次々と停まる高級車から、軽やかに降り立つ少女達。
 淑やかな仕草と、おっとりとした口調。
 皆、選び抜かれた良家の子女ばかりだ。
 普通、送り迎えの車という物は、校門前に停められる。
 しかし、この学校の校門から校舎まではかなりの距離。良家のお嬢様達にそんな距離を歩かせる訳にはいかないという配慮から、送迎の車のみ生徒玄関前に設けられた、車両用の道を通ることが許されている。

 まるで外国の大邸宅を思わせる、白亜の校舎。
 生粋のお嬢様学校としても有名だが、教育面も厳しく偏差値も高い。
 良家の子女で、西海女子出身などという肩書きがあれば、何処へ出しても恥ずかしくはない。と言われるくらいだ。


 コロコロと小鳥のような笑い声が飛び交い、明るく楽しげだった玄関先だが、一台の車が玄関先の通路に滑り込んできた瞬間、その楽しげな雰囲気は一転、緊張感を漂わせる物に変わった。

 深い光沢の黒が美しい、オプシディアンブラックのメルセデスベンツ。
 悠然とその車体が停まると、周囲にいる誰もがその車へ釘付けになる。
 運転席から一人の青年が降り立つ。その青年の姿を見た少女達の間から、一瞬溜息にも似た声が漏れるが、すぐにその後部座席へ視線は注がれた。
 青年が後部座席を開け、中に乗っている少女へ右手を差し出す。少女はその手の上に自分の右手を預け、支えられたまま優雅に車を降りた。

「紗月姫様、ごきげんよう!」
 すぐ近くにいた少女が、紗月姫の姿が見られた事を喜ぶように声をかける。
 すると彼女は「天使の微笑み」と称えられる笑顔を持って微笑んだ。
「ごきげんよう」

 ダークグレーにチェックが入ったピンクのリボンタイが可愛らしい、セーラータイプのワンピース。
 胸当て付のセーラーだが、首の下までキッチリと肌を隠し、更に膨らみを押さえたフレアースカートの長さはふくらはぎ丈という、極力肌の露出が抑えられたデザイン。
 そんな、何処かストイックさが漂う制服に身を包んだ紗月姫は、この私立西海女子学園高等部の三年生だ。
 成績では他の追随を許さないかのように群を抜き、諸作法の面でも逸脱した才能を見せる彼女は、この春から高等部生徒会会長も務め上げている。

「ではお嬢様、私は車を置いてまいります」
 紗月姫の手を取ったまま神藤はそう告げ、心なしか心配そうな顔をする彼女を安心させるかのように微笑んだ。
「その後はプライベートルームで待機しております。教室のほうへも行かせて頂きますが、姿が見えない時に御用があればすぐにお呼び下さい」
「今日は、会社の方へは行かなくても良いの?」
「はい。旦那様からの御命令はありませんでしたので」

 神藤はそのまま体を折るように身を屈め、紗月姫の手の甲に唇を付けた。

「ずっと、お嬢様のお傍に……」

「解かったわ」


 まるで、御伽噺のお姫様と王子様を見ているような光景に、周囲にいる少女達の間から感歎の溜息が漏れる。
 実際、神藤は一部の少女達から密かに慕われている。
 彼の姿が見たくて、毎朝、紗月姫の専用車がここへ到着するのを待っている者も居るくらいだ。
 その容姿や家柄、性格的にも、紗月姫は昔から誰にでも好かれている。
 お世話役として、いつもそんな彼女の傍に付く神藤。
 容姿の良さに上乗せされた、紗月姫に対する完璧なまでの紳士的態度。
 まるで姫に付き従う騎士(ナイト)のように、主人である紗月姫に付き従うお世話役の彼。
 女子校という環境も手伝って、そんな彼に年頃のお嬢様方が心動かされないはずも無いのだ。


「本当に、いつ見てもお綺麗ね。紗月姫様」
――――≪ああ、悔しい。ああいう人が同級生にいると、自分が本当に下の人間の様に感じるわ≫
「何でもお出来になるし、お優しいし。憧れますわね」
――――≪作っているんじゃないの?お屋敷に戻ればただの性悪だったりして……≫
「お付きの方も素敵だし。本当に羨ましいわ」
――――≪本当に、お付き?それだけ?≫
「あんな素敵な方に二十四時間見守られているなんて。お姫様のようですわね」 
――――≪二十四時間一緒なのよ……。何も無いわけ、無いじゃない?≫

 良家の子女とて、年頃の娘達。
 噂に便乗して、「下品」な想像が渦巻き出す。


「お嬢様」
 紗月姫の表情が一瞬不快そうに動いたのを見て、周囲の「心」を読んだのだろうと察した神藤は、紗月姫と目を合わせ、右手の親指で胸の前に一本線を引いた。

 「心の扉」を閉めなさい。

 幼い頃から繰り返されてきた合図。
 流れ込む、人間の「意識」。植物や物の「想い」。
見たくなくても見えてしまう、人間の本性と言葉。
 それらで紗月姫が傷つきそうになった時、神藤はいつも彼女に言うのだ。

 「心の扉」を閉めなさい。……と。

 人の醜い思いで、紗月姫が傷つかないよう。
 そんな愚かしい物で紗月姫が傷つく必要は無いと、常に教えてきた。

「解かったわ……」
 紗月姫は小声で呟き微笑むと、気を抜いた瞬間に開いてしまう「心の扉」を閉める。
 その「意識の開閉」を「扉」という物で言い表しているせいか、この行動をする時、耳の奥でバタンッという音がするような気がして、紗月姫は少しだけ可笑しくなった。

 紗月姫が笑顔になったのを見て安心した神藤は、一礼して車に乗り込んだ。
 車がその場を離れるのを見送って、校舎内に入ろうとした紗月姫に、早速声をかけてきた者がいる。
「ごきげんよう。辻川様」

 少々ゆっくりとした話し方。
 おっとりとしているが故のゆっくりではない。
 艶っぽい口調であるが故の、ゆっくり。
 大きくカールのかかった巻き毛。薄化粧をしているかのように、唇が少し赤い。
 紗月姫が、優しげな雰囲気を持った凛とした美人なら、今声をかけてきた少女は、女性としての艶っぽさが漂う気の強い美人。といったところか……。

「ごきげんよう。成澤様」
 紗月姫はにっこりと微笑み、その少女に挨拶を返した。
 紗月姫が挨拶をすると、成澤と呼ばれた少女の後ろに立っていた、二十代半ばと思われるスーツを着た青年が会釈をする。
 成澤咲月(なるさわさつき)。成澤ホールディングの娘で、紗月姫とは同級生でありクラスメイトだ。
 二人共、同じ「さつき」という名前なので、お互い苗字で呼び合っている。それほど親しい間柄ではないが、共に「お付き」を従えて歩いている事や名前の事などで共通点が多く、話す機会は多い。

「神藤さんは?一緒ではないの?」
「神藤は車を置きに行っていますわ。……あら?成澤様は、神藤がお目当てでしたの?」
 紗月姫が少々からかうように言うと、咲月は大袈裟に溜息をついて見せた。
「そうなのですわ。わたくし、神藤さんにお会いしたくて……。そろそろ辻川様がいらっしゃる時間だと思って、急いで来てみましたのに。……残念」
「成澤様のように、素敵なお付きの方を従えている方が、他の人間のお付きに目を奪われていてはいけませんわよ。ねぇ?栗原さん」
 栗原と呼ばれた青年は、紗月姫に名指しで声をかけられた事に少々驚いていたが、すぐにニコッと嬉しそうに笑い頭を下げた。
「辻川様に、そのように言って頂けるなど、身に余る光栄でございます」
「まぁ、栗原?嬉しそうねぇ?」
「からかわないで下さい。咲月様」
 自分の主人を目の前に、他から受けた褒め言葉に嬉しそうに反応してしまった彼は、主人である咲月にからかわれ困り顔で笑った。

 端整な中にも、笑うと少々可愛い印象を受ける彼。
 栗原忠行(くりはらただゆき)は、成澤咲月のお付きだ。
 神藤のように私生活全てにおいて傍にいる、完璧な主従関係から作り上げられた「お世話役」とは違い、こちらは仕事上の「お付き」。
 お嬢様の「我侭聞き役」「お付き合い役」といっても良いかもしれない。
 歳は二十七歳。三年前に咲月に付かされた。
 肩にかかる少々長めの髪と、金髪に近い色にまで脱色された髪は咲月の好み。
 耳には二個のピアス穴が開いており、そこにダイヤのピアスがはめ込まれている。
 咲月も派手な印象を受ける美人だが、栗原もまたそれに合わせるように派手な雰囲気がある。まるで咲月に合わせるためのアクセサリーであるかのようだ。

「嬉しいわよねぇ?辻川様に『素敵』なんて言われたら」
「咲月様……」
 しつこい咲月に、栗原は本気で困る。
 そこへ紗月姫がクスクス笑いながら助け舟を出した。
「あまり責めないでさしあげて?お気の毒だわ」
「辻川様がそう仰られるなら」
 咲月はそう言って、嫌味っぽく栗原を見る。
 栗原は、取り敢えず治まりそうなこの状況を感謝するように、紗月姫に向かって軽く頭を下げた。

「では私、生徒会室のほうへ用事がありますので、失礼致しますわね」
 紗月姫はそう言って軽く手を上げると、校舎へ入った。
 校舎内に入っても、同級生や下級生からの挨拶は続く。紗月姫はそれを受け、返事を返しながら、玄関から姿を消した。




「本当に、綺麗なお嬢様」
 咲月が、呟くように吐き捨てる。
「家柄も、名声も、最高の物を持っている。……最高級品よ」
 その口調は、さっきまで紗月姫と話していた時のものとは違う。何処か憎々しげなものだった。
 咲月はチラッと栗原を見上げる。

「……欲しいでしょ?栗原……」

 ちょっと意味ありげな口調で面白そうに問いかけると、栗原は紗月姫の姿が見えなくなった場所に彼女の姿を思い起こしながら、目を細める。

「貴女と、まったく違うタイプだ……。頂いてみたいですね……」

 栗原の口元が、己の欲望を我慢する事無く下品な形で歪んだ。

 
 自分に向けられた下劣な想いに、「心の扉」を閉めてしまっている紗月姫は、気付いてはいない…………。







人気ブログランキングへ




 関連もくじ一覧 ▼ 
総もくじ 3kaku_s_L.png 迷宮の天使*LS*
総もくじ 3kaku_s_L.png 恋桜~さくら・シリーズ
総もくじ 3kaku_s_L.png 未分類
もくじ  3kaku_s_L.png 溺愛マリッジ
もくじ  3kaku_s_L.png 恋のエトセトラ
総もくじ  3kaku_s_L.png 迷宮の天使*LS*
総もくじ  3kaku_s_L.png 恋桜~さくら・シリーズ
総もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
【プロローグ・7 「出会いの藤」】へ  【第1章≪学園の天使≫・2 *R15】へ

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【プロローグ・7 「出会いの藤」】へ
  • 【第1章≪学園の天使≫・2 *R15】へ