「迷宮の天使*LS*」
迷宮の天使

第1章≪学園の天使≫・2 *R15

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「このくらいでいいかしらね」
 目の前の机に積み上げた厚い本を眺めながら、紗月姫は腕を組む。
 目の前にあるのは、華道作品を集めた写真集。
 校内華道展の資料にする為に、今図書館で選んだものだ。
 冊数こそ大したものではないが、四冊ともA3版の大きさに絵本並みの厚紙で製本された写真集だ。一冊一冊選んで机の上に重ねるだけでも重かった。
 紗月姫は腕を組んだまま、コクッと小首を傾げる。

 神藤は、何処へ行ったのかしら……。

 この資料を、この図書館から生徒会室まで運ばなければならない。
 紗月姫は神藤に運んでもらおうかと考えた。しかし、彼は今傍に居ないのだ。
 帰りの諸挨拶会、いわゆるH,Rの前に教室を覗きに来たのは知っている。しかし「生徒会の用事があるから」と、プライベートルームで待っているように言い渡してあったのだ。

 プライベートルームに居るかしら・・・。
 紗月姫は「確認」をしようと、ちょっと目を細めた…………。


 頭の中で、砂嵐のような「ザーーッ」っという音が響く。
 本来の「目」とは違う「頭の中の目」がスッと開いた……。

 見えているものとは違う光景が、紗月姫の頭の中へ入ってくる。


 ――目指す場所の近くで、神藤の「意識」を見つけた。――




「一本いかがです?」
 銀のシガレットケース。それを開き、中の細い葉巻を勧めたのは、四十代に入りかけの清水という男だった。
 勧められた神藤が遠慮をしようとすると、その前に横から声が飛ぶ。
「駄目だよ。神藤君は煙草は吸わないんだ。葉巻もね」
 そう教えたのは松永という初老の男。小柄で細めだが威勢はいい。
「そうなのかい?若いのに。珍しいね」
 清水はそう言いながらシガレットケースを閉じる。
 神藤は手にしていたコーヒーカップを口につけながら、愛想笑いを浮かべた。
「お嬢様に、煙草の臭いでも移ったら大変ですからね」
「酒は?」
「嗜(たしな)む程度になら飲みますよ。旦那様や大切なお客様に勧められた時に断る訳にはいきませんからね」
「普段は飲まないのかい?」
「時々、寝酒代わりに一口くらいかな?翌日にアルコールの臭いをさせていたら、お叱りを受けてしまう」
「それもお嬢様の為かい?」
「もちろんです」
 何の躊躇も不満も無く、笑みを浮かべて答える神藤に、清水は呆気に取られながらも感心する。
 自分は葉巻も酒も大好きだ。いや、男なら好きだろうと思う。
 それらを全て「自分の主人のため」にやるなと言われたら、多分自分には耐えられないだろう。隠れてやってしまうに決まっている。


 私立西海女子学園高等部。校舎五階の端に、保護者用控え室と呼ばれる大きな部屋がある。
 送迎や所用で生徒を迎えに来た保護者が、生徒を待つために設けられた部屋だ。しかし保護者が利用する事はほとんど無く、大体は運転手やお付き役の者達の控え室となっている。
 「控え室」と一言で言ってしまうと殺風景だが、踏み心地の良い絨毯に、ソファや肘掛け椅子やテーブルが何台も揃えられ、退屈をしないようにと本棚も充実している。
 今神藤が手にしていたセルフのコーヒーなども置かれていて、居心地は良い。
 学園に通っているお嬢様達の運転手や、お迎え係などの交流の場になっている。
 ただ、神藤がここへ顔を出すのはまれだ。
 辻川財閥という家柄もあるが、神藤はお世話役として、一日中紗月姫と共に学園内に居る事を許されている。
 紗月姫はこの五階に同じく控え室のように利用する、プライベートルームを個人的に学園から与えられている。神藤はいつもそこに居るのだ。
 ただ時々、こうして大部屋の方にも顔を出す。
 他と交流を持つ事は情報収集の意味で、辻川の為、ひいては紗月姫の為にもなるからだ。


「はははっ、神藤君は『お嬢様一筋』だからなぁ!」
 松永が、どう見ても自分より三十センチ以上は身長が高い神藤の背中を叩く。松永にしてみれば強く叩いたつもりだったのだが、神藤は微動だにしないどころか手にしているコーヒーにひと波も立てない。
「我々と違って『お付き』だからねぇ。それも『お世話役』だろう?常にご主人の事を考えていなくちゃならないのさ」
 感心して神藤を眺める清水に教えながら言うと、松永はチラッと腕時計に視線を走らせた。
 そろそろ車を用意するように指定された時間なのだろう。
 清水と松永は、共に「運転手」という立場だ。いや、この部屋に居る者はほとんどが「運転手」や「お迎え役」で来た使用人など。「お付き」として一日中学園内に居る者はほんの数名に過ぎない。
 松永が運転手を務める少女は、紗月姫と同じ三年生。ずっと通っている事もあり、神藤とは顔馴染みなのだ。
 清水は、この春に入学してきた一年生の少女の運転手を務めている。神藤とはまだ二~三回しか話した事は無い。

「でも、そうだねぇ。あんな綺麗で優しいお嬢様だったら、何でもしてあげよう。って気になるよねぇ」 
 清水は毎朝見かける紗月姫の姿を思い出す。
 自分が送り迎えをしている資産家の娘も可愛らしいが、紗月姫と比べるとまったく比べ物にはならないと感じ、ちょっと悔しい気持ちになった。
「神藤君も若いし。毎日楽しいだろ?あんな可愛らしいお嬢様と、毎日毎日一緒でさ」
 口調に何か意味ありげなトーンが含まれる。
 神藤はカップのコーヒーをクイッと飲み干すと、清水をチラッと見た。

「本当に綺麗だよ。噂には聞いていたけれど本物を見た時は驚いたな。『花のように可憐で、天使のように美しい』って言われているだろう?まったくその通りで。・・・いやぁ、あんな女の子に付けるなんて、男としては最高だよ」
「……ありがとうございます」
 紗月姫に対する称賛に、お世話役として礼を言う。
 この場に紗月姫が居たならば、またきっと心の中に入り込んで来て傷付いてしまうような下卑な思いを、少し感じながら……。



「……交流中か……」
 紗月姫は呟きながら「頭の中の目」を閉じる。
 他の人間と交流を持つ事も、大切な仕事であると紗月姫も知っている。
 それでもいつもは「私が来なさいと言ったら来なくては駄目!」という態度に出るのだが、今日はもう少し自由にしておいてあげようか、などと考えてしまった。
「……しょうがないわね」
 紗月姫は重ねられた四冊の本の一番下へ手を入れる。
 かなり重い。一瞬持ち上がったとしても、そのまま持ち続ける事は間違いなく不可能だ。

 紗月姫はちょっと考えて、悪戯っぽくニッと笑った。
 これは、神藤しか知らない顔。
「ごめんね。しんどうっ」

 小声で可愛らしく謝ってから、本の下に入れた手に神経を移す。


 その瞬間、紗月姫の手からほんの数ミリ、いや、紙一枚分くらいの高さで本が浮いた……。


「さて、これで、運べるわね」
 そのまま歩き出す。
 もちろん紗月姫は重さなど感じてはいないが、他から見れば紗月姫が持って運んでいるとしか見えない。
 図書館に居る者は、そんな紗月姫を見て驚いた。
 一冊でも重い本を四冊。全て重ねて持って歩いているのだから、驚かないはずも無いだろう。
「辻川さん!後でお届けしますから!無理はやめてください!!」
 そんな紗月姫の姿を見つけ、司書の一人である男性が慌ててカウンターから出ようとした。
 が、紗月姫はニッコリと「天使の微笑み」で微笑む。
「いいえ。結構よ。大丈夫」
 自分が持っている訳ではないのだ。確かに大丈夫ではあるだろう。



 別棟になっている図書館を出て、校舎へと続く渡り廊下を歩き始める。
「神藤に見られたら、怒られちゃうわね」
 ちょっと楽しげに呟き、神藤の反応を想像してクスクス笑う。
 気を抜いたら開いてしまう「心の扉」以外、意識して紗月姫が「能力(ちから)」を使う事を、神藤はあまり良しとしない。
 屋敷で花や木と遊ぶ時は別なのだが、私生活で「能力(ちから)」に頼ると癖になってしまうから。幼い頃から紗月姫はそう言い聞かされてきた。
 もちろん今のこの状態も、見られたら怒られてしまうだろう。
「意外と怒りんぼさんだから」
 クスクスと一人楽しみながら渡り廊下を歩いていた紗月姫だが、そんな彼女をいきなり掴まえた者がいた。

「何をしていらっしゃいますか?! 辻川様!!」
 驚いた声でそう叫び、紗月姫が持つ本を慌てて取り上げる!
「こんな重い物を!指でもお怪我をなさったらどうしますか!!」
 怒っているというよりは、困り顔で詰め寄る彼。

「く……、栗原さん?」
 成澤咲月のお付き、栗原だったのだ。


 紗月姫が驚いて目をぱちぱちさせているのを見て、つい取り乱してしまった自分を恥じるように、栗原はコホンとひとつ咳払いをする。
「……いけません。貴女の様な方が、こんな事をなさっては……」
 近くに咲月は居ない。多分これから教室にでも迎えに行くのか。
「びっくりしました。心臓に悪い……」
「あ、ごめんなさいね、驚かせてしまって……」
「神藤君はどうしたのですか?こんな事は彼の仕事だ」

 栗原の口調が、ちょっと責めた物に変わる。その時だった。
「どうしました?」
 校舎側から、神藤が速足で現れた。
 栗原はムッとして、紗月姫から取り上げた本を神藤の腕の中へ落とす。
「こんな重い物を、君の大切なお嬢様が持っていたのだよ!信じられるかい?! 放っておくなんて、君はいったい何をやっているんだ、気をつけたまえ!」
 紗月姫が持って来たとは思えない重さの本と、罰の悪そうな顔をしている紗月姫を交互に見ると、神藤は申し訳なさそうに栗原を見た。
「すまない。来るのが遅れてしまった。……後は、私が」
「ああ。しっかりしてくれよ」
 栗原はどこか残念そうに返事をすると、紗月姫へ向き直り、頭を下げた。
「では、辻川様。失礼いたします」
「ええ。有難う。ごめんなさいね、栗原さん」
「いいえ。とんでも御座いません」
 顔を上げ、嬉しそうにニコッと笑う。そして、校舎側へと戻って行った。


「……おじょうさま……」
 栗原の後ろ姿を見送っていた紗月姫は、神藤の一声にハッとする。

 おっ、怒ってる??!!

「貴女がこんな物を、ご自分で持つはずは無いですよね? ……アレを、お使いになりましたね?」
 バレている。……彼に解からないはずは無いのだ。紗月姫が「能力(ちから)」を使った事。
「あ……、神藤。あのね……」
 紗月姫はチラッと神藤を目で見上げる。
 神藤がちょっと目を細め、機嫌の悪い顔で自分を見下ろしていた。
「神藤……、一休み中みたいだったし、このくらいなら……って」
「『見た』のですか?」
「ええ……。まぁ……」
「常々、日常生活の中では使わぬようにお教えしているはずですが?」

「怒っているの?」
「怒って欲しいですか?」

 ……うん。

 紗月姫はちょっと、心の中で頷いた。





「ふっ、うんっっ、あはっ……!」
 遠慮の無い声の大きさは、こちらとしても盛り上がるが、たまに嫌になる。
「あっ、イイっ! もっと、ぉっ!!」
 積極的に腰を動かされて、それ以上を要求される。
 男として悪くは無いのだが、このテの女ばかりに慣れてしまうと、もう少し大人し目の女が恋しくなったりもする。

「く、くり、はらっ! そ、こっ!ああっっ! もっとっ!!」
「……咲月様……、外に声が漏れますよ……」
 成澤のプライベートルーム。
 ソファの上で、服を着たまま下半身だけで体の快感を貪り合う二つの影。
 事も有ろうにこの二人、成澤咲月とそのお付きの栗原だ。
 
「バ、カ・・漏れない、わよっ……ああんっ!!」
「困った、お嬢様だなっ……」
 栗原は咲月の両脚を肩に高く抱え上げ、勢い良く彼女に腰を打ち付ける。その度に二人の肌がぶつかる音が大きく響き、一際気持ちを盛り上げた。

 プライベートルームは防音だ。確かに声も音も漏れはしない。
 栗原がお付きとして付いた三年前から、二人には体の関係がある。
 ただ、特に気持ちがある訳では無い。咲月に望まれたから栗原が相手をしている。その程度だ。
 ついさっき紗月姫と別れ、プライベートルームに戻った栗原は、中に居た咲月をソファへと押し倒し体を重ねた。
 紗月姫と一緒に居たところへ神藤がちょうど良くやって来た事が、妙に彼は気に食わなかったのだ。

「もう少し、大人しい女になれないのか……」
 文句を言いながら、八つ当たりのように咲月を貫く。
 咲月は馬鹿にするように笑いながら、栗原を見上げた。

「辻川の、お嬢様、みたいに?」
「大アタリッ」
 頭の中に紗月姫の姿を思い浮かべて、乱暴に咲月を突き上げる!
「ああっっんっ!! やぁんっ、乱暴ねぇっっ!!」
「好きだろう? こういうのっ」
「ふふっ……、そんな乱暴な事をしたら、辻川のお嬢様には嫌われるわよっ」
「ふんっ! 分かるもんか!あのお世話役に、毎日可愛がってもらってんだろうよ!」 
「あーら、素敵。私も可愛がってもらいたいわぁ」
 咲月は、容赦なく動き続ける栗原の腰を両手でグッと押さえると、ムッとした顔をする彼を淫猥な表情で見上げ、ニヤッと笑った。

「ねぇ?天使を手に入れたいんでしょ……? 協力してあげるわよ……」






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