「迷宮の天使*LS*」
迷宮の天使

第1章≪学園の天使≫・10

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「きゃっ!」
 特にぶつかった訳ではない。
 しかし、階段を上がっていた少女二人は、その光景に思わず小さな悲鳴を上げてしまったのだ。
 五階へと上がる階段の踊り場で、背の高い男性が勢いよく駆け下りて来るなどという場面に遭遇したのだから、普段そんな忙しない光景を見る機会の無いお所様方にしてみたら、悲鳴を上げたくなるほど驚くという物だ。
 それも駆け下りてきたのは、いつもはそんな姿など見せた事のない人物。

「神藤様?」
 少女の一人が呆気に取られ、驚かせた事に詫びも入れず階段を駆け下りていく神藤の後姿を見詰めた。
「どっ、どうなさったのかしら」
 二人は顔を見合わせて、目をぱちくりさせた。
 しかしそこは、あまり〝危機感〟とは無縁のお嬢様方。すぐに二人はニッコリと微笑みあった。
「でも、お急ぎのお姿も素敵ですわ」
「雄々しくて本当に素敵」
 彼自身、決してそんな平和な状態で急いでいる訳ではないのだが。




 実際、人間の首が撥(は)ね飛んだとしても、血が噴水のように噴き出す事など有り得ない。

 しかし〝その瞬間〟、頭部へ溜まった栗原の血液は、一気に飛んだ首の最断面から噴出し降り注いだ。
 刃(やいば)のような波動を放った、……紗月姫の頭上から……。

 噴き飛んだ頭部はまるでボールのように跳ね上がり、遥か離れた壁側に並べられていた、校内華道展用の花々が飾られていたはずの場所まで飛んでゆく。
 壁に当たり跳ね返って、まだ花が活けられていなかった花器の中へと転がり入った。
 少し動かせば、転がり落ちてしまいそうな場所で止まった首。
 その花器は、明日、紗月姫が花を活ける為の物だった。


 頭上から温かい雨が降り注ぐ。
 その雨は赤い。
 すぐにやんだ雨。
 しかし、その雨は紗月姫の全身を赤く染めた。

 ……まるで、赤い服を着ているかのように……。

「……あ……」

 目の前で、栗原の首が飛んだ。
 その瞬間、狂気に満ちた感情がフラッシュのように光り、そして消える。
 紗月姫の目は、首が弾け飛び胴体だけとなった男の物から離す事が出来なくなっていた。


 これは、何……?

 なに……?

 ねぇ?

 これを、やったのは、わたし?

 私、なの……?


 答えてくれる者は居ない。
 そして、自分でも理解出来ない。

 開きっぱなしの〝心の扉〟。
 閉じる事が出来なくなった〝心の扉〟から、どんどんと雑念は入り込む。
 しかしそれは、今の紗月姫にとって、雑音でしかない。


 私が?
 殺したの?

 私が?
 この男を、殺したの?

 だから私は。
 血まみれなの……?

 わたしが…………?

 ――ワタシガ、コロシタノ…………?


「あ……は、ぁ……」
 体がガタガタ震えてくるのが解かった。
 自分は、通常の人間が持ち得ない能力(ちから)を使って、この男を殺したのだ。
 今自分を赤く染めているのは、この男の血。


 ――ワタシガ、コロシタ……。

 紗月姫はそれしか考えられなくなる。
 心が、他の考えを否定する。


 ――この、化け物が!!
 記憶の底から掘り起こされた思い出が叫んだ。

 ――お前など死んでしまえ! お前のような者は、存在してはいけないのだ!!

「や、だ、……ぁっ」
 体が震え、体から飛び出して行ってしまいそうなくらい鼓動は高まる。
 吐き気がして頭痛がする。
 紗月姫の切れ長で綺麗な瞳が、飛び出してしまうのではないかというくらいにまで見開かれ、そして彼女の心に中では彼女を攻め立てる声だけが響き続ける。


 ――化け物! お前など人間の皮を被った化け物だ!! 人で居る資格など無い!!

「……い、や……ぁ……」

 もう、やめて……。
 もぅ……、おねがいだから……。

 精神状態は限界だった。
 いっそ狂ってしまえれば、どんなに楽だろう、と思えるくらいに。
 狂ってしまえれば、こんな人外の能力で苦しむ事も無いのだ、と。

 しかし、限界に行き着きそうになった紗月姫の心は、ある人の面影を拾い上げる。
 それは、幼い頃からずっと自分を守ってくれた人。
 この能力から、庇い続けてくれた人。

「……しん……ど……ぅ」

 ――お嬢様……。

 神藤の面影が、紗月姫に手を差し伸べる。
 紗月姫にだけくれる、優しい笑顔で。

「……しんどう……」

 彼が居たから……紗月姫は今まで、狂わずに済んだのかもしれない。

「神……藤……」

 壊れそうな心。
 崩れそうな精神。
 それを全て、支え守ってくれていた人。


 ――お嬢様。私が、いつでも貴女のお傍にいますから。

 どこ……?
 どこにいるの……?
 神藤……?

 傍にいて。
 私の、傍に来て……。
 お願い……。

 神藤……。
 私、人を殺したの?
 この能力で、人を殺したの?
 あなたは何て言うのだろう。
 こんな光景を見てしまったら、あなたは何と言うのだろう?

 紗月姫の体は震え、一気に冷たくなった。
 一つの予想に、彼女の心は囚われる。

 あなたも私の事……。
 「化け物」 って、言う?

 紗月姫の心を支える神藤の笑顔。
 しかしその笑顔が、軽蔑をするかのような目に変わる。
 そして彼の口から、彼女が最も恐れる言葉が吐き出されるのだ。

 「化け物」 と……。


「ギャ……!! アァあああっあぁぁぁぁぁっっっっ…………!!」
 
 哀しみの端にぶつかった紗月姫が上げた悲鳴は、まるで、産まれてすぐに首を締められ殺される仔猫のように、哀れだった。




「お嬢様っ!!」
 ドアの前に立った途端、中から微かに悲鳴が聞こえ、神藤は驚いてドアを開けようとした。
 しかし、ドアに鍵が掛かっていて開かない。
 だが、紗月姫が生徒会に係わりこの部屋へ出入りをするようになってから、「何かあった時の為に」 と、彼はこの部屋の鍵を持っている。
 キーケースから鍵を取り出し、ドアを開け中に飛び込んだ瞬間、彼の足は止まった!

「な……に……?」
 思わず声が震える。背後でドアがバタンと閉じた。

 部屋の中は、元の小奇麗な生徒会室の面影など微塵も無かった。
 全ての物が壊れ、砕け、粉砕していた。
 机も椅子も棚も。
 壁に掛けられた絵画や写真。備品なども。

 壁にもたれかかって、男の〝体〟がある。
 しかし、首から上が無い。
 神藤がクルリと部屋の中を見回すと、その首は空の花器に引っかかり、世にも恐ろしい形相をさらしていた。
 眼球を上に上げ、だらしなく大きく開いた口。そこから力なく伸ばされた赤い舌。
 その首も、今閉められたドアの微かな空気の揺れに踊らされて、花器から零れ、床に転がった。

 物やガラスの破片を避けるように、紗月姫が床に座り込んでいるのを見つけ、神藤はゆっくりと歩み寄った。
 紗月姫は、何も身にまとっては居ない。
 真っ白なはずの肌を隠すように、自分を抱き締め身を縮めている。
 視線は足元にあった。
 目を見開き、呆然とした表情で。

「お嬢……さま……?」
 神藤が声を掛ける。大きく大きく、紗月姫の体がビクンッ!と震えた。
 紗月姫はその表情のまま、神藤を見上げる。
 神藤の顔が目に入った瞬間、一気に涙が噴き出し、彼女の頬を滝の様に流れ出した。

「しん……どぅっ……」
 呆然とかすれた声を出す紗月姫の体は、赤い洋服を着た様に真っ赤だ。
 神藤は紗月姫の前に跪き、乱れた彼女の髪を両手で梳き始める。
 そして、声を詰まらせた。
「……申し訳……有りません……」

 血だらけの彼女の肩に両手を沿え、詫びるように頭を下げる。
「私が、貴女の傍を、離れていたばかりに……」
 彼の声は、怒りとも悲しみとも付かない声で震えていた。
「申し訳、有りません……」

「神……藤……、私、人を……」
 紗月姫が途切れ途切れにそこまで言葉を出した時、神藤は彼女を胸の中へグッと抱き入れた!
 言葉が出せなくなるくらいに力を入れて抱き締め、震える声で紗月姫に謝罪をする。
「申し訳有りません……お嬢様……。お辛い思いを……させてしまいました」
 血だらけで、一糸まとわぬ彼女を、神藤はただ守るように抱き締める。

「……私が、殺してやりたかった……」
 そう呟いた彼の声は、憎しみと怒りで震えた。







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