「迷宮の天使*LS*」
迷宮の天使

第2章≪忘却の天使≫・2

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「少々、選考し直したほうが良いかと思いますよ」
 この世界広しといえど、辻川財閥当主が差し出した書類を見て、それに非を唱える事が出来る者など、恐らく家族以外ではこの男くらいだろう。
「どうも、しっくりこない」
 学は手にしていた書類の束を、目の前のテーブルへとポンッと投げ、椅子に深く腰掛けた。
「不釣合いだ。紗月姫ちゃんには」
 腕を組み、右手を顎の辺りに当て、考え込む表情をする。
 それを見て、大理石のテーブルを挟んで目の前の椅子に座る総司は苦笑いを漏らした。

 辻川家の広いリビングに、しばしの沈黙が走る。
 総司が小さな溜息をついた。
「厳しいね。学君は」
「叔父さんは、本当に納得して選んだのですか? この五名を」
 学が顎に当てていた手でテーブルの上へ無造作に投げた書類を指差すと、総司は肩を落としながら再び溜息をつく。
「少々、妥協した面はあるな」
「叔父さんらしくない。仕事面では妥協などしない方が。これは、仕事と同じくらい、いや、仕事以上に大切な事ではないのですか?」
「まぁ、そうだがね。……この件で私が妥協せずに人選をするとなれば、それに匹敵する人間は一人しかいないのだよ」
 総司は目の前のコーヒーカップを手に取り、口に運びながら意味ありげに学を見る。その意味を悟り、学はちょっと口をつぐんだ。
 〝この件〟で望まれても、学は総司の希望を叶える事は出来ない人間だからだ。

 コーヒーの香りを吸い込み口に含んで、少し心を落ち着かせてから、総司は学が置いた書類へと目を向ける。
「本当なら、今日にでも紗月姫に宣告しておきたかった。学君も来ている事だしね。しかし、紗月姫は事故に巻き込まれて療養中だ。あと二、三日は避けたほうがいいだろう?」
 
 身体と心の療養中に、聞きたい話ではないだろう。
 この話は間違いなく、紗月姫の気持ちを混乱させてしまうものだ。
 それは、総司のみならず学も同じ気持ちでいる。
 学は総司の視線を追ってテーブルの上の書類に視線を移した。

 それは、身分がシッカリとした、将来的に見込みのある五人の青年。
 その身元調査書。

 紗月姫の〝婚約者候補〟達だ。

「十八歳の誕生日は……、いわば、見合いみたいな物ですからね……」




「誕生日にね、お父様が何か楽しそうな余興を用意してくれているみたいなの」
 自分の心の重苦しさを感じたのか、紗月姫は無理に明るく笑いながら美春に話しかけた。
「何か、学さんに相談をしているみたいなのよ。この間から。美春さん、何か聞いていません? 気になるわ」
「学に? そんな相談をされている事も知らなかったわ」
 美春は手にしていたカップをテーブルへ戻すと、右手の指先をちょっと口元へ当てた。
「何かしら? 私にも教えてくれないなんて。後で絶対に聞き出してやるわ」
「聞き出したら教えて下さい」
 強気の美春を見て、紗月姫はクスクスと笑う。それからお願い事を言うように、美春のほうへ身を乗り出した。
「今年のお誕生日パーティーは絶対に来て下さいね。約束ですよ」
「もちろんよ。学と御当主が何かを企んでいるなんて楽しそうだわ」
「去年は来て頂けなかったのですから。今年は、絶対っですよっ?」
 紗月姫は「絶対」 のところで、頭を振って言葉を詰め強調する。
 紗月姫のそんな子供のおねだりのような可愛らしい仕草に、美春は笑みが止まらない。
「絶対来るわよ。でも去年来なかったのは、紗月姫ちゃんが『来ないで下さい』 って言ったからよ?」
 美春はベッドサイドに置かれた椅子ごと、紗月姫の方へ詰め寄った。

「去年はお二人とも、入社したばかりでとてもお忙しそうでしたから……」
 去年の十七歳の誕生日パーティーに、学と美春は出席をしなかった。
 大学を卒業し、葉山グループのメイン企業である葉山製薬へ入社。学は〝専務〟、美春は〝専務秘書〟。普通の新入社員よりも忙しい毎日を送る二人を見て、招待状を渡しながら紗月姫は言ったのだ。「来ないで下さいね」 と。
 招待状を渡せば、二人はどんなに忙しくても仕事を裂いて来てしまう。
 入社したての大切な時期。
 紗月姫は二人に、仕事に打ち込んで欲しかったのだ。

 当日は二人の姿がパーティー会場に無く、少々寂しくはあったが、それでもずっと神藤が一緒だったので、その気持ちも和らいだ。


 紗月姫は去年の事を思い出し、ちょっとはにかんだ様子で神藤を見上げた。
 昨年はパーティーが終わった後、就寝時間を過ぎても彼の部屋に居て、膝の上に抱いてもらったりクッキーを半分個にしたり、我侭をして世話を焼いてもらった。
 その事を思い出したのだ。

 今年も入り浸っちゃおうかしら……。
 「十八歳にもなって、男の部屋へ気軽に出入りする物ではありません」 って、怒られそう……。
 別に私は、怒られても良いのだけど……。


 自分を見ている紗月姫が妙に楽しげなのに気付いて、神藤は首を傾げるが、紗月姫の可愛らしい表情に思わず笑みが浮かぶ。
 しかしその時、主室のドアにノックの音を感じ、彼は微笑みながら一礼すると寝室を出て行った。

 主室のドアが開く音。そして、挨拶を交わす学の声が聞こえた。
「あ、学だわ」
 遅い! と怒っていながらも、その声に美春の声も嬉しそうに弾む。
 弾む声を出させた本人は、すぐに寝室へ入ってきた。
「やぁ、紗月姫ちゃん。ごきげんよう」
「ごきげんよう。学さん」
 学は挨拶を返してくれた紗月姫に微笑みかけながら、ベッドサイドに座る美春の肩に後ろから両手を置いた。

「お待たせ、美春」
「遅いわっ。学っ」
「ごめん。話がちょっと長くなったんだ。怒ってる?」
「お見舞いに来たのに、失礼でしょう? 三十分って言っていたのに、もう一時間なのよ」
 すると学は、紗月姫の目の前だと言うのに、美春の前へ顔を回し、彼女の唇へ鳥のようにチュッと唇を付けたのだ。
「ご機嫌直せよ」
「しょうがないわね。直してあげるわよ」
 ちょっと頬を染めて、美春は肩越しに学をチラッと見上げた。

 そんな二人を見て、紗月姫は内心苦笑いだ。
「未成年の前で何をやっているのですかっ」
 紗月姫が少々嫌味っぽい口調で言うが、仲の良いこの二人にとっては普通の事。学も真似して、少々嫌味っぽい口調で返した。
「自分だって、神藤さんと人目構わずベタベタするクセに」
「そんな事はしていませんっ」
「そうかぁ? 一昔前は人前でも平気で抱っこしてもらったりしてただろ? なぁ? 神藤さん」
 学は、椅子をもう一脚持って寝室へ入ってきた神藤へ目を向ける。
 しかし、今まで話を聞いていなかった彼は訳が解からない。
「何がですか?」
 と逆に訊くが、学は笑って答えなかった。
 神藤は心の中で苦笑いをした。
 どうも今日は、何か話の魚にされる日のようだ。

「学様、椅子を」
 神藤が椅子を美春の横に置いたが、学は申し訳無さそうに手を上げて制す。
「有難う。でも、今日は失礼するよ。一時間も紗月姫ちゃんを起きたままにさせてしまったんだ。疲れただろう。また、日を改めるよ」
「私なら大丈夫よ。気にしないで、学さん」
 紗月姫はそう言うが、学は首を振って美春の肩をポンポンッと叩き、立つように促す。

「そうはいかないよ。ゆっくり休んで、元気になっておいて貰わないと」
「そうしたら、また来て下さいます?」
「ああ。近々来るよ。二、三日後に……」
 そう言ってから学は、チラッと横目を使い、椅子を壁側へ片付ける神藤を盗み見た。

「……大切な話が、あるからね」






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