「迷宮の天使*LS*」
迷宮の天使

第2章≪忘却の天使≫・4

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「私の心を『読んだ』 のですか……?」
 神藤はちょっと眉をひそめ小声で訊いた。
 その声は平静を装いながらも、少々震えていたのかもしれない。
「いいえ……」
 紗月姫は小さく首を振り、昔から彼を惹き付けて放さない、聡明な瞳で真実を求め彼を見詰める。
「〝あの時〟思い出したの……。私の能力を否定した人が居る。……私を、〝化物〟と呼んだ人が居る、って」
「そんな事は、貴女が思い出さなくても良い事です!」
 いきなり神藤は声を荒げると、身を屈め膝の上で組まれていた紗月姫の両手を取る。
 その手を優しく握り締め、切実な声で懇願した。
「そんな事は思い出さなくても良い事です! 何故知りたがるのです! 知ったとしても、貴女の心の癒しになるような事ではない! 何故思い出そうとするのですか?!」
「知りたいの……お願いよ、神藤」
 紗月姫は身を乗り出し、神藤に詰め寄る。
「私は、何をしたの? ……誰を殺してしまったの? どうして神藤は私にそれを今まで忘れさせる事が出来たの? ……教えて! お願い!」
「知らなくていい!」
「神藤!」
 知る事を否定する神藤。しかし紗月姫も負けてはいない。
 握られた手を彼の胸へ押し付け、責めるように詰め寄った。

「じゃぁ、〝命令〟と言えば教えてくれるの?! 主人としてお前に〝命令〟をすれば、答えてくれるの?!」

 お世話役の神藤にとって、主人である紗月姫の〝命令〟は〝絶対〟の物。
 主人が「言え」 と言えば、彼はそれに答えなければならない。
 しかし、神藤はそれを受け付けなかった。「主人の為に」 従えない事もあるのだ。
「その〝命令〟を、利く事は出来ません、お嬢様!」

 力を入れて胸に押し付けられていた紗月姫の手を押し戻す。
 しかし紗月姫の手には思ったよりも力が込められていたらしく、押し戻した瞬間、紗月姫の身体は突き飛ばされるように後ろへ揺れた。
 後ろへ倒れそうになるのを引き戻そうとした神藤だが、その行動は彼のバランスまでも崩す。
「お嬢、様っ……!」
 紗月姫が倒れこまぬよう、慌てて手を離し肩に腕を回して支えようとするが、バランスを崩している彼は紗月姫が倒れるのを止めるどころか、彼女を自分の胸に抱き入れたまま一緒にベッドへ倒れこんでしまった!

 バランスを崩した二人が乱暴にベッドへ倒れこんだせいだろう。サイドチェストの上に飾られていた花瓶がガタンッと大きな音を立てて倒れ、美春が綺麗に挿していたアイボリーの薔薇が、中の水と一緒に床へ零れ落ちた。

「申し訳有りません! 苦しくは無かったですか?!」
 誤ってとはいえ、大の男が思い切り紗月姫を下に倒れ込んでしまったのだ。
 苦しくは無かっただろうか。何処か痛みを伴ったのでは……。
 心配のあまり慌てて身を起こした神藤の両腕を、紗月姫はグッと掴んだ!

「来て……」
 小声で呟き、その腕を引き寄せる。
「来て……、神藤……」
 紗月姫は両手を神藤の頬にあて、ゆっくりと自分の顔の前に引き寄せた。

 お互いの吐息を感じてしまいそうなほどに、顔が近付く。
 紗月姫は全てを見透かし、あらゆる物を射抜いてしまいそうな瞳で、彼のちょっとグレーがかった瞳の奥を見詰めた。
「……神藤……」
 切なげに彼の名を呼ぶ声は、神藤の鼓膜の中で甘くこだまする。

「お嬢様……」
「教えて……」
 紗月姫は目を閉じて、こつん……っと、神藤と額同士を合わせた。

「教えて……神藤」


 ――まるで、話すように、映画のシーンを観ているかのように……。
 紗月姫の頭の中へ、一つの記憶が流れ込んでくる。

 神藤の記憶を、探り始めたのだ…………。




「本当に神藤を、紗月姫から離そうとお考えなの?」
 辻川椿(つじかわつばき)は、その細く白い指を、夫である総司の肩にそっと置いた。
「ん? 何だ? 椿は反対なのか?」
「反対です」
 一秒の迷いも無い。実にきっぱりと彼女は答える。
 世界広しといえど、辻川財閥総帥である彼にこれほどきっぱりと反対意見を唱えられ、また少しの躊躇も見せないのはこの妻の椿であるかもしれない。

 総司は手にしていた書類の束を膝に置くと、自分の肩に置かれた愛しい妻の手を握った。
「紗月姫の為。ひいては辻川の為だ。解かるだろう?」
「紗月姫の為とは思えませんわ」
 彼女は、少女の頃から「椿姫」 と讃えられたほどに美しい表情を不機嫌そうに歪め、その目で総司を睨み付けた。
「確かに結婚相手を決める事は辻川の為です。紗月姫は一人娘。あの子が結婚して跡取りを作らなければ、辻川の血はここで途絶えてしまいますから」
 何だ、ちゃんと解かっているではないか。総司は満足げに頷くと、妻の手を離しテーブルの上に置かれたシガーケースに手を伸ばす。
「ですが、神藤を離す事は反対です」
 繰り返される妻の反抗に、総司の手はケースの手前で止まった。

「今、あの子から神藤を取り上げようとすれば、あの子は間違いなく〝あの時〟と同じ過ちを繰り返します」
 椿の言葉に、総司の眉が寄る。
「今回だって、こんな事があったばかりなのに……」
 椿は学園で起こった出来事を、神藤から受けた報告のままに思い出した。


 紗月姫がその能力を制御できず、人を殺めてしまった。……と。
 母親として、娘の苦しみが自分の苦しみのように椿に襲い掛かり、彼女は胸が詰まる思いだ。


「〝あの時〟と同じ事になれば、あの子はもう、狂ってしまう……。あの子はまた、『神藤を失わないために』 罪を犯してしまいます! 過去と同じ過ちを、あの子に背負わせるおつもりなの?!」







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