「迷宮の天使*LS*」
迷宮の天使

第2章≪忘却の天使≫・5

 ←第2章≪忘却の天使≫・4 →第2章≪忘却の天使≫・6
「お嬢様……」
「黙って」
 紗月姫は神藤の頬に手を当てて押さえたまま、額同士を付け、そこに意識を飛ばした。

 神藤の目尻が、ピクリと動く。
 頭の中に、まるで耳鳴りのような引きつった痛みが走ったのだ。
 同時に神藤の心にも焦りが走る。
 まさか。お嬢様は……。
「お嬢……」
「黙りなさいっ」
 紗月姫は、神藤の〝記憶〟を読み取ろうとしているのだ。
 その事に気付いた神藤は、紗月姫を止めようとする。しかしすぐに彼女の〝命令〟が飛び、それさえも逆に制された。

「教えて……私に……」
 紗月姫が言葉を発するたびに、ふんわりとした温かい吐息が神藤を包む。
 お互いの体温を感じてしまいそうなほどに近付いた顔。触れた額。頬に当てられた紗月姫の柔らかい手の感触と温かみ、そしてその吐息は、脳内を探られる、という不快感を彼に忘れさせた。

 駄目だ。
 お嬢様に気付かせてはいけない。
 〝あんな出来事〟は……。

 神藤は紗月姫から離れようとする。しかし、彼の身体は動かなかった。
 紗月姫の命令で動かないのではない。
 神藤は確かに動こうとしているのだ。しかしまるで、彼の周りの空間が彼を押し付けているかのように、神藤は身動きが取れなくなっている。

 お嬢様……?
 神藤は目の前にある紗月姫の顔を見詰めた。閉じられた瞼を見詰めた。
 私を、〝動けなくして〟いるのですか……?

 神藤の頬に当てた手に、紗月姫は特に力を入れている訳ではない。
 しかし、神藤の動きを封じているのは確かに紗月姫だった。
 紗月姫が持つ、能力(ちから)を使って……。

「お、嬢、さま……」
 脳内に痺れを感じる。
 記憶を、脳内を探られる、という物はこれほどに不快感を覚えるものなのか?
 紗月姫のお陰で少しは和らいでいるものの、それは例えようが無いほどに奇妙な感覚だった。


 その感覚は、神藤にひとつの記憶を蘇らせた。
 ずっと昔。
 あれは……。
 お嬢様が四つ。私が、十六。

 
 ―――ずっと……、一緒よ。神藤…………。



 脳内で起こるフラッシュバック!
 
 記憶の断片が、次々に、ひとコマひとコマの映像となって、鮮明に思い出される。

 ―――それは……思い出してはいけない記憶。

 そして今、その〝記憶〟を、紗月姫が探り出して「読み取っている」

「お嬢様! 駄目です!!」
 神藤は崩れてしまいそうな脳内の疲労を感じながら、それを振り切るように叫んだ!

 紗月姫の目が大きく見開かれる!
 驚愕の様相を湛えたその目は、すぐ目の前にある神藤のグレーがかった瞳の奥を射抜いた!


「神藤……」
 紗月姫の声が震える。
「……神藤……」
 見開かれた目は、ゆっくりと悲しげに細まった。
 紗月姫と額をつけたまま、神藤の身体はまだ動かない。
「ごめん、なさい。……神藤」
 そう小声で告げる紗月姫の瞳が潤む。
 神藤はその瞳に惹きつけられ、紗月姫から目を逸らす事も許されず、ただ彼女を見詰めた。
「ごめんなさい……」
 紗月姫の口から出される、謝罪の言葉。
 いつ流れてもおかしくないくらい、彼女の瞳に涙が浮かんだ。

 紗月姫が神藤に、その能力を使う事などまず無い事だ。
 ふいに〝心の扉〟を開いた時でさえ、彼女は神藤の心を読もうとはしない。
 日常的に能力を使う事、そして、身近な人間に対して能力を使う事。それらを硬く禁じ、小さな紗月姫を育てた神藤。
 それは、出来るだけ、自分が異常な能力を持っているのだ、という事を紗月姫に意識させない為でもあった。
 そして紗月姫は、それを守ってきたのだ。
 時々悪戯程度に破って、お目当ての「お説教」 を貰いながら。

 その禁を破り、神藤の動きを封じてまで、彼女が最も信頼を置く人間から引き出した記憶。
 それは、ただ紗月姫の涙を溢れさせ、心を締め付けるだけの記憶だった。

「私は……」
 紗月姫の目尻から、溢れきった涙が流れる。

「あなたの大切な人を、殺してしまったのね……?」




 藤の花が舞う……。


 藤の花びらが、二人の記憶の中で舞い落ちる。

 その花びらに中に、小さな少女と、少年が見える。

 藤棚の下で、花びらと遊ぶ少女。
 それを見守る少年。


「ずっと、一緒にいてね……」

 藤棚の下で交わされた約束。
 結ばれた指と指。

 ―――永遠の、約束……。

 紗月姫は四歳。
 神藤は十六歳。

「はい、お嬢様」

 そう返事をした時に、二人の中で「永遠の約束」 が生まれる。

 いつまでも一緒に居る。
 いつまでも、この約束は永遠に続くと、二人は疑わない。


 四歳の紗月姫は、この舞い踊る藤の花と一緒に宙に舞ってしまいたくなるような幸福感に襲われた。
 自分に安らぎをくれる人。
 誰よりも優しい笑顔と、何よりも惜しみない愛情で抱き上げてくれる人。
 父や母とは違う、溶け込んでしまいたくなるような愛情をくれる人。
 初めて出会った時、一目で心の中へ入り込んだ人。
 その人が、ずっと一緒に居てくれる、と言っている……。

「神藤は、私のものよね?」
「はい」
 神藤は読んでいた本をパタリと閉じると、四つん這いで自分に近寄ってきていた紗月姫の腕の下に手を入れ、仔猫でも抱き上げるように自分の膝に乗せる。そして、キュッとその腕の中で抱き締めた。
「私は、一生、お嬢様のものです」
 紗月姫は彼の腕に包まれながら、嬉しそうにその胸に頬を擦り付けた。


 ガサガサガサッ……!!
 その時、藤棚の近くにある茂みが激しく動いた。
 いち早くそれに気付いた神藤が、茂みの方へ視線を移す。

「見ちゃいられねーな……」
 それと共に聞こえた声に、神藤の血の気が引く。
 そんな彼の心の気配を感じ、紗月姫も茂みへ視線を移した。

「そんな小奇麗な服を着て、タマぁ抜かれた雄犬みたいなフヌケたツラしやがってよぉ……。似合わねーんだよ」
 一人の男が、茂みから抜け出し、睨むように神藤を見た。
「なぁ? ボウズ」

 神藤の唇が震え、目が大きく見開かれる。

「親父……」

 神藤のその呟きは、藤棚のざわめきに、消されてしまっていたかもしれない…………。






人気ブログランキングへ




 関連もくじ一覧 ▼ 
総もくじ 3kaku_s_L.png 迷宮の天使*LS*
総もくじ 3kaku_s_L.png 恋桜~さくら・シリーズ
総もくじ 3kaku_s_L.png 未分類
もくじ  3kaku_s_L.png 溺愛マリッジ
もくじ  3kaku_s_L.png 恋のエトセトラ
総もくじ  3kaku_s_L.png 迷宮の天使*LS*
総もくじ  3kaku_s_L.png 恋桜~さくら・シリーズ
総もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
【第2章≪忘却の天使≫・4】へ  【第2章≪忘却の天使≫・6】へ

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【第2章≪忘却の天使≫・4】へ
  • 【第2章≪忘却の天使≫・6】へ