「迷宮の天使*LS*」
迷宮の天使

第2章≪忘却の天使≫・6

 ←第2章≪忘却の天使≫・5 →第4章・ 10 (ご褒美愛戯)*R18


「それでも、そうしなければならないのだ……」
 総司は一度止めた手をもう一度シガーケースへと伸ばし、中から一本細い葉巻を取り出した。
「紗月姫に将来の相手を決めさせるという事は、避けては通れない事だ。そうだろう?」
 肩越しに椿を振り返ると、椿は今にも噛み付かんばかりの険しい表情を作る。
「私は、将来の相手を決めさせる事を責めているのではありません。その為に神藤をあの子から離すなどという事をしようとしている〝あなた〟を責めているのです」
 そんな妻から目を逸らし、総司は「やれやれ」 と椅子に深く腰掛ける。
 昔から気の強い妻ではあるが、こういった噛み付かんばかりの顔をすると、どことなく彼女の兄に似ている。
 椿の兄は、学の父だ。
 学にそのまま歳を重ねたような豪腕社長で、息子と共に葉山グループをどんどん大きくしていっている。
 その手腕、その才能を受け継いだ学。
 「葉山の神童」 とまで各界から称賛された男を、総司は今でも辻川へ引き入れたいと思っていた。

 婚約者さえいなければ、葉山グループを無理矢理吸収合併させて、学君を手に入れる事も出来たというのに……。
 しかしその野望も、数年前に椿から釘をさされ断念した。
 「私の実家に手出しをしたら許さない」 と。


「先ほど見ました。貴方が選んだ花婿候補は、確かに名の通った家の将来的にも見所のある青年達かもしれません。けれど、その中の誰かが紗月姫と結婚したとしても、わざわざお世話役と離す必要は無いでしょう?」
「あのだな、椿」
 総司は葉巻をひと吸いすると、ゆっくりと椅子から立ち上がり、自分の後ろで威圧的に立っていた妻と向かい合った。

「言っておくが、神藤と離す事を提案したのは私ではないぞ」
「え?」
 険しかった椿の表情がちょっと緩む。しかし彼女は、次に信じられない人の名前を聞いた。
「学君だよ」




 記憶の中で、藤の花が舞う……。

 紗月姫と神藤の間で……。
 
 同じ〝記憶〟が、花びらのように舞い広がった。


 静かな温室の中に、風が吹き抜ける。
 それは、送風システムによる風。
 その風以外の思惑を持って、藤の花びらが紗月姫の周囲を舞い踊り舞い落ちていた。

「それが、辻川の一粒種か……。噂通り、可愛いな……」
 茂みから現れた男の口元が不実な上がり方をすると、神藤はハッとして両手で紗月姫を庇う様に抱き締めた。
 男は五十代位だろうか。筋肉質で頑丈な体つき。頭を綺麗に丸刈りにしているが、口元に蓄えられた口ひげに、少々白い物が見える。
 遮光のミラーサングラスをかけているので目は見えない。しかしその下には、凶器のような目が存在しているのであろう事が想像できた。

「お前が……初めて〝殺せなかった〟モノだ」
 〝モノ〟と呼ばれた紗月姫は、男を見てはいなかった。必死で自分を抱き締める神藤を下から見上げ、ただその身を預けている。
 男はクッと喉の奥で笑った。
「そのお嬢ちゃんの可愛らしさに犯られたか? アジトでお前を可愛がってくれていたオネエサン達より、ちっちゃな女の子の方が食指が動くか? ん? ボウズ」
「なっ……!」
「確かに可愛いな。どれ? オレにも貸してくれ。幼女、って奴は久し振りだ。なぁ? いいだろ、ボウズ。仲間だろう?」
 喉の奥で笑い、男の嘲笑は大きくなっていくばかり。
 神藤は男の声自体が紗月姫に聞こえないように、彼女を深く胸に抱きこみ、頭の後ろで腕を交差させ、手のひらで彼女の耳をふさいだ。

「仲間なんかじゃない……」
 そう呟き、神藤は男を見上げる。
「四年前に、すでに仲間ではなくなったはずだ」
「ああ。お前が、そのガキを殺る事に失敗したときな」


 〝人を殺す事を生業にする者たち〟
 そんな人間が集まる場所で、神藤は育った。
 物心付いた時、すでにそこに居た。
 父の顔も、母の顔も知らない。
 ……名前なんて無かった。

 迷路のような大きな屋敷。
 そこには同じような人間が沢山居た。
 その中に居る男達には「ボウズ」 と呼ばれ、そこに住み着いて男の相手をしている女達からは「坊や」 と呼ばれた。
 ――生きる為に、人を殺す。
 それが当たり前の世界で、彼を教育したのがこの男だった。
 幼い頃から見事なナイフ捌きを見せていた少年の彼は、十歳でその才能を持って人を殺めた。
 男は大いに満足だ。「お前はやっぱり才能がある。 その目はお前の父親と同じ目だ」 と。
 彼の父親もまた、この男の仲間だったのだろう。
 親しい仲だったのかもしれない。男は、他に居る少年達よりも彼に目をかけ、色々な事を教えてくれた。
 自分に様々な事を教えてくれる男は、彼にとって、まさに師匠であり父親のような存在だった。
 そのうちに自然と、彼は男をこう呼んだ。
 ――「親父」 と。



「死んだと思っていた」
 男は一歩一歩、ゆっくりと神藤に近付いた。
「四年前、お前が帰って来なくなった直後、このガキを始末するように依頼してきた政治家が事故死をした。本当に事故死かは怪しいもんだ。オレ達の噂では、辻川の当主が何らかの手を回した、とも言われていた」
 ゆっくりと近付いてくる男から逃げるように、紗月姫を抱き締めたまま神藤が後ずさる。
「依頼主が死んじまっちゃどうしようもねぇ。ガキは生きているようだったがお前は行方不明だ。この依頼は、水に流れた」
 神藤の背中が藤棚の柵にぶつかり、それ以上後ずさることを許さない。
 男は神藤の前でピタリと立ち止まり、彼を見下し睨み付けた。

「〝辻川〟に隠されていたとはな。それも、しっかりと生きていやがる」

 男はいきなり神藤の腕を掴むと、紗月姫を抱く腕を物凄い力で引き剥がす。そして、彼の腕の中で小動物のように収まる紗月姫を、着ているワンピースの襟首を掴み、まるで仔猫を摘みあげるように上へ引き上げた!

「お嬢様!!」







人気ブログランキングへ



 関連もくじ一覧 ▼ 
総もくじ 3kaku_s_L.png 迷宮の天使*LS*
総もくじ 3kaku_s_L.png 恋桜~さくら・シリーズ
総もくじ 3kaku_s_L.png 未分類
もくじ  3kaku_s_L.png 溺愛マリッジ
もくじ  3kaku_s_L.png 恋のエトセトラ
総もくじ  3kaku_s_L.png 迷宮の天使*LS*
総もくじ  3kaku_s_L.png 恋桜~さくら・シリーズ
総もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
【第2章≪忘却の天使≫・5】へ  【第4章・ 10 (ご褒美愛戯)*R18】へ

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【第2章≪忘却の天使≫・5】へ
  • 【第4章・ 10 (ご褒美愛戯)*R18】へ